好きだ
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「ふー……食った食った。ごちそーさん」
膨れた腹を二度叩く。満腹感が連れてきた睡魔にそそのかされ、横向きに寝転がって頬杖をつく。
「お粗末様でした。今日のお弁当はどうでしたか?」
まどろみの中、使い終わった食器を片づけるユイがそう尋ねてきた。
ラグナは舌に残る昼食の味を反芻し、少し悩んでから、
「どれも美味かったが、やっぱり一番は卵焼きだな。甘くてうまかった」
「本当ですか! 今日の自信作だったんですよ!」
ユイが嬉しそうに笑った。それを見ていると胸に温かなものが込み上げてきて、ラグナもついつい綻んでしまう。
「明日も頼むな」
「はい、任せてください!」
「ユイー、あんまりラグナを甘やかしちゃだめよー?」
コクトーが言った。ユイは首を横に振った。
「いいんです。この調子でどんどん依存してもらって、私がいないと生きていけない体にするのが目的ですから」
「そういえばそんなこと言ってたなぁ……」
「おねえちゃんらしいね」
イクサスとマイがのんびりとつぶやき、揃って食後の茶を飲み干す。イクサスは空になった容器をまとめてユイに手渡し、一息ついてから立ち上がる。
「さて、オレは午後の仕事に向かうよ。ラグナ殿は?」
「竜舎に行くけど、休憩終わるまでここで寝てるわ」
「了解した」
イクサスは短く応答し、持ち場である門のほうへと歩き出した。木陰から出た途端、青灰色の鱗が日光を跳ね返し、翼と尾を持った人影が芝生に落ちる。
数歩進んだところで立ち止まり、肩越しにラグナを一瞥する。
「明日も負けないからな」
「おう。明日こそ勝つからな」
ラグナは寝そべったまま手を振り、遠ざかる背中を見送った。
「…………」
そして、いくらかの逡巡を挟んで、
「コクトー。先に行っててくれないか」
「はいはい。あとは若い二人でよろしくやりなさいな」
「察しが良くて助かるよ」
起き上がって、コクトーをルビーに咥えさせた。
「マイ。ちょっと頼みがあんだけど、いいか?」
「なーに?」
しゃがんで虫を観察していたマイが見上げてくる。ラグナは膝を地につけ、目線の高さを合わせる。
「ルビーと一緒にコクトーを竜舎まで運んでくれ。適当なところに置いたらあとは自由にしていい。報酬は明日の三時のおやつでどうだ?」
「いいよ!」
マイは満面の笑みで答えると、素早くルビーの背中へとよじ登り、手綱を握った。
「あ、それなら私も──」
片づけを終えたユイがバスケットを持ち上げようとする。
「いや、ユイは残ってほしい」
ラグナはそれを奪い取り、コクトーの柄に引っかけた。バランスに偏りはあるが、ルビーが上手く帳尻を合わせてくれるので落ちることはない。
「あとでたくさん遊んでやるからな。マイと荷物、任せたぞ」
ルビーはうなずく代わりに瞬きし、踵を返して去っていった。
「…………」
ラグナは再びユイの横に座った。
ユイは困惑した様子で首を傾げている。
「膝」
「はい?」
「膝枕」
「ああ、そういうことでしたか。どうぞ」
「ん」
内心、大いに浮かれながら、ユイの膝に頭を乗せた。
ベッドで使う枕にはない温もりと絶妙な柔らかさが安心感をもたらし、目蓋が一気に重くなる。
それを覚まそうと、空を仰いだ。
慈愛に満ちた微笑みがあった。
口元には緩く弧が描かれ、耳の下で二つ結びにされた赤髪がそよ風に揺れている。
しかし、何より目を奪われたのは、長い睫毛に縁取られた美しい碧眼だ。
それがあまりにも美しかったので、状況を忘れてつい見惚れてしまった。
「いかがですか?」
「幸せだ」
「それはよかったです」
本当に、あまりにも幸福すぎて、気が狂いそうになる。
けれど、彼女がいるのならば、それでもいいと思った。
野花を一輪摘む。茎で小さな輪を作り、余った部分を巻きつけていく。
「ユイ、左手出せ」
「今度はなんですか? あ、しゃぶりたいとか?」
「違う。──ほら」
ラグナはユイの手をとり、作りたての花の指輪を薬指に嵌めてやった。
「指輪、欲しいって言ってたろ。こんなものでよければやるよ……って、おい!?」
頰が降ってきた雫で濡れた。ユイの涙だ。
「や、やっぱりちゃんとしたやつがいいよな。まさか泣かれるとは思わなくて、その、すまん。そんなつもりじゃなかったんだ。そうだ、今度二人で買いに行こう。金はどうにかして稼ぐからさ、気に入ったの買おうぜ、だから、あの」
「違うんです。気に入らなかったとか、全然そういうのじゃなくて」
ユイは袖で目元を拭った。
「こんなふうに嬉し泣きするのなんて初めてだったので、ちょっとびっくりしちゃいました。すごく嬉しいです。ありがとうございます、ラグナさん」
花のように可憐な笑顔。
男はそれの虜となり、しばしのあいだ呆然としたあと、真剣な眼差しを向けた。
「たぶん、初めて出逢ったときからそうだった」
独白から始まる、愛の告白。
悪竜に追い詰められたあのとき、やっと気づいた自分の気持ち。
己が命より大切なモノ。
「俺はおまえに恋をしている。その綺麗な瞳に強く惹かれている。だから、あんなにも泣かれるのが嫌だった」
「ふふ、自覚するのが遅いですね。ラグナさんらしいです」
「まったくだ」
苦笑を交わし、二人は互いの頬に触れる。
「ユイ」
「なんでしょう」
「俺は、おまえのことが──」
完