赦し
「作戦成功ー! さっすがわたし! ここまで上手くいくとはね!」
コクトーが楽しそうに言う。
「それにしてもいい鞘ね、これ! 『朱雀羽の鞘』って言うんだっけ? 納めた刀を軽くする魔法がかけてあるなんて、まさにわたしのためにあるような代物じゃない! 用意してくれたイクサスには感謝しないとね!」
口数の多さが気分の高揚を示していた。マイも歓喜の声をあげて彼に飛びつきたい気持ちだった。
しかし、ラグナは険しい表情を緩めない。
「気を抜くな。まだくたばったとは限らねえ」
「む……それくらいわかってるわよ! でも、先にユイのところに行ったほうがいいんじゃない? ほら、あそこ。ぶっ倒れてる」
「……そうだな」
納刀し、斜面を滑り下りた。
そして、ユイに向かって走っていく。
悪竜に対する警戒心を尖らせたままであることは、鋭い眼差しが物語っていた。
力を使い果たしたのだろう。ユイは無防備な寝顔で仰向けに倒れていた。めくれたミニスカートの裾から下着が露わになっている。
「……黒」
「どこ見てんのよ、スケベ」
「……すまん」
ラグナは丁寧にそれを直すと、傍らに落ちている三角帽子を拾い上げ、形を整えた。
「コクトー。あいつ、死んだと思うか?」
「死んだんじゃない?」
「適当に答えるなよ。死活問題だぞ」
「生きてたらもう一回殺せばいいのよ」
「勘弁してくれ。この状況じゃ本当に勝ち目がない」
言いながら抱き起こしたユイの呼吸は正常。平坦な胸がリボンごと規則正しく上下している。
「……よくやった。俺一人じゃ、どうにもならなかった。ありがとう、ユイ」
「起きてるときに言いなさいよ」
「馬鹿、恥ずかしいだろ」
「眠ってる女の子のパンツを見るほうが恥ずかしいと思うけど。まあ、いいわ。とにかくここから離れましょ」
「ああ。長居は無用だ」
三角帽子をユイの腹に載せ、手を掲げてルビーを呼ぶ。
ルビーはマイを振り落とさないようにスピードを調整しながら彼に駆け寄り、ユイの顔を覗き込むなり、きゅうん、と子犬のような鳴き声を発する。
「心配すんな。気絶してるだけだよ」
そんなルビーを慰めて、ラグナはマイに視線を移す。
黒い瞳が鋭い光を放っていた。怒っているわけではなさそうだが、それでも睨まれているような気がして、マイは目を合わせられなかった。
「やーい、顔面凶器。あいたっ」
茶化すコクトーの柄尻を、ラグナが拳の側面を使って無言で小突く。
「マイ」
名前を呼ばれ、無視するわけにもいかないので、マイは仕方なくラグナの顎のあたりを見つめた。
「俺のことは嫌いなままでいい。だけど、今だけは協力してくれ」
そう言って、ラグナはユイの肩と膝裏に手を回し、ゆっくりと立ち上がった。
「ユイを頼めるか? ルビーの手綱を握るだけでいいんだ。俺は念のため殿を務めるから」
姉のためだ。断る理由はない。
「……うん」
「ありがとう。助かる」
でも、引っかかるものならあった。
「ねえ」
「あん?」
ラグナが怪訝そうに眉をひそめる。
「なんできてくれたの?」
「…………」
一瞬、気まずそうに目を逸らした。
しかし、すぐに向き合う。
「君の思っていた通り、俺はユイを騙していたんだ。保身のために口説いた。本当にすまないと思っていら。だから、償いをしにきた」
「……やっぱりそうだったんだ」
と言っても根拠なんて本当は何もない。姉を取られた嫉妬から勝手に悪人だと決めつけていただけだ。
きっとそのことはラグナもわかっているだろう。わかった上で謝っているのだから、なおさら自分の卑怯さが恥ずかしくて、けれど彼に対する確かな怒りもあって、どんな顔をしたらいいのかわからなくなる。
「ユイは許してくれたが、君にまで許してくれとは言わない。俺のことは嫌いなままでいい。でも今は協力してくれ。ユイを連れて帰るんだ」
「……うん」
許すか、許さないか。
許したくないという気持ちはある。
あるが──
「…………。……あのさ」
「うん?」
「たすけてくれて、ありがと」
彼が命を救ってくれたのは、まぎれもない事実だ。
だから──信用はしてもいい、と思った。
「……やるべきことをやったまでさ」
ラグナは薄く笑った。
「仲直り終わった? ならさっさとズラかりましょ」
「そうだな」
退屈そうなコクトーに返事して、ラグナはユイをルビーに乗せた。それからマントの裾をマイの腰の前に持ってきて、ちょっとやそっとじゃ離れないように固結びする。最後に、手綱をマイに手渡す。
「振り落とされないように気をつけるんだぞ。怖くないか?」
「だいじょうぶ。ドラゴンにのったことあるから」
「そうか。じゃあ、安心だ」
悪意のない安らかな笑みがこちらに向けられた。声も優しかった。マイの中のラグナ像が崩れていく。同時に沸き立つ罪悪感。こんなふうに笑う人に、自分はどんな言葉をかけてきただろうか。
「……あのさ」
「うん?」
「いろいろひどいこといって、ごめんね」
「…………。……いいよ。俺のほうこそごめんな」
泣きそうな声。
口元にはぎこちない微笑みをたたえていたが、ほんの少し黒い瞳が揺れたような気がする。
本当にひどいことを言ったし、してきたんだな……そんな後悔が胸に巣食った。
「っ」
唐突、ラグナが血相を変えて振り向き、居合いの構えを取った。
コクトーが舌打ちし、一拍遅れてルビーが唸り始める。