初めての共同作業
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何度も何度も大地が揺れる。悪竜が殴る。ラグナが躱す。そのたびに大地が揺れ動く。
ラグナは回避行動と同時に鞘から刀を抜き放つ。しかし、悪竜の腕に浅い切り傷をつけるばかりで、致命傷には至らない。それどころか殴りの衝撃で噴き上げられる石の破片を全身に浴び、徐々に傷ついていく。
劣勢。
ラグナが押され気味であることは戦闘経験皆無の子供の目にも明らかだった。
「どうした! 儂を倒すのではなかったのか!」
「はっ、はぁっ、はっ……!」
「右に跳んで!」
「はぁっ、は、あぁあ!」
動き続けるラグナにはしゃべる余裕がない。コクトーが躱すタイミングと方向を指示しているので、その分思考せずに済んでいるのだろうが、それでもすさまじい運動量だ。疲れないはずがない。身のこなしは戦い始めの頃より悪くなっていた。
「ラグナぁ! あんたこの程度でバテたわけじゃないでしょうね!」
指示の合間を縫ってコクトーが発破をかける。
「たり……めえだ!」
一閃、悪竜の腕を斬りつける。
だが、それだけ。
「だぁぁーっ! 指の一本くらい斬り落としなさいよっ! このへっぽこ!」
「はぁっ、っ、る、せえ!」
一方、悪竜は仲間割れする二人を嘲笑いながら殴り続ける。それはまさに暴虐の嵐であり死の鉄槌。ただ拳を振るうだけで万物を破壊する。当たれば即死。すべてが必殺だ。
戦力差は明白だった。いわゆるジリ貧の状態だった。敗北られるのは時間の問題だろう。
「ラグナ、作戦変更! 走り回れ!」
「っ、は?」
悪竜にのみ向けられていたラグナの視線が一瞬揺らいだ。
「……なるほどなっ!」
と思ったら、納刀して回避に専念し始めた。その甲斐あってか、被弾はほとんどなくなる。しかし、だんだん壁際に追い詰められていく。
「何を企もうと儂には通用せんわ!」
怒涛の猛攻。ラグナはすんでのところでそれらを躱していくが、ついには壁に背中がつく。追い詰められた。逃げ場はない。悪竜が巨拳を振りかぶる。叩き潰され──
「かかったな、阿呆が!」
否、ラグナは信じられない速度で横に跳んだ。肉眼ではほとんど瞬間移動に見えるくらいの速度だ。
同時に、マイは理解する。
このまま悪竜が壁を殴れば屋根となっている崖が丸ごと崩れ落ちる、と。
そしてやつは下敷きになる、と。
あんな巨岩が脳天に直撃たればさすがの悪竜もただでは済まないだろう。
ラグナとコクトーの狙いはこれだったのだ。
が、
「甘いわ小童!」
悪竜は両翼をしならせ、暴風を起こし、前のめりの巨躯にブレーキをかけた。ぶつかる寸前で拳を開き、肘を曲げることで崖の崩落を阻止する。
「かはっ……!?」
逆に、罠に嵌めたはずのラグナは悪竜が生んだ暴風によって磔にされた。
「ラグナ!」
風が止み、地に堕ちるラグナ。前に倒かけたところをコクトーの呼び声でかろうじて踏みとどまり、刀を鞘ごと杖にしてぐぐぐと立ち上がる。彼の白いシャツは吐血で真っ赤に汚れていた。
「ぶ、じ、だ……いし、きは、ある……!」
「ほう、まだやるか。根性だけは一人前だな。──だが、ここまでだ」
もう一度、悪竜が拳を構えるのを見た。
「くろかみ……っ!!」
そして、見た。
──強烈な紅の閃光が、炎の壁を突き破ってくるのを。
「ぐおぉっ!?」
閃光は悪竜の背に直撃、翼と鱗をすさまじい衝撃と熱量で融かす。
直後、一帯を取り囲んでいた炎の壁の向こう側から赤いドラゴンが飛び込んでくる。
「私の大切な人たちに何してんですか、このデカブツ……!!」
ルビーの背から飛び降りた魔法使い姿のユイが、瞳に縦の筋を走らせて唸った。
「ユイ、なんで……」
「話はあとですラグナさん! ルビーちゃんはマイを守ってて!」
「ガァァッ!」
ルビーがマイを庇うように立ちはだかる。しかし、これでは二人の姿を見ることができないため、ルビーの背中によじ登り、首の後ろから顔を出す。
いつのまにかラグナがユイの隣に移動していた。
「てへっ、きちゃいました」
「助かった。仕留めるぞ、二人で」
「はい! 夫婦初の共同作業と行きましょう!」
「結婚してねえけどな!」
二人は背中合わせになり、打ち倒すべき敵を睥睨する。
敵もまた血走った目でじろりと二人を睥睨する。
「貴様ら……何者だ?」
「俺はテメェを滅ぼす者だ。尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだぜ、クソトカゲ」
「我が名はユイリール・ドラグナー! 貴様が喰らわんとした少女の姉だ! ラグナさんまで傷つけて……絶対に許さない!!」
「ドラグナーだと……? くく、ふははは、そうか、貴様らはあの魔女の娘か。道理で強い魔力を持っているはずだ」
「母を知っているのか?」
「ふん、あれほどの怪物を知らぬ者など滅多におらんわ。竜の眷属とはいえ、人の身でありながら……ああ、忌々しい! 奴の存在は摂理に反する! いずれ消さねばならぬ! 奴の血筋も絶やすべきだ! ……しかし、〝滅び〟の名を持つ黒髪に、伝説の魔女【赤き暴竜】の娘か。くくく、化け物同士、似合いのつがいだな!! くはははは!」
悪竜の嘲笑が大気を震わす。
……化け物はどっちだ。
しかし、ラグナは不敵に笑った。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
両腕を顔の前で交差させる。
「なあ、俺の力ってのは感情に比例して高まっていくらしいぜ。そして、さっき言った『たった一つの幸福』が隣にいる……これがどういうことかわかるか?」
白い風が、ラグナを軸に渦を巻く。それは目に見えるほど濃密な魔力。精神から顕れる力の発露。輪郭を覆い、黒髪を逆立たせ、尋常ならざる波動を放ちながらなおも高まっていき──
「俺が! 俺たちが!! 絶対に勝つということだ!!」
両腕を腰の横に引き、胸を張り、そして咆哮した。
爆発。
そう形容するしかない激烈な魔力放出だった。
先ほどとはまるで別人だ。人間離れした魔力を全身余すところなくみなぎらせ、彼は眼前の悪しき竜を見据える。
「さあ、第二ラウンド始めっか!」