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摂理を名乗る悪しき竜

 霊峰・竜神山。


 頂上には雲を被り、山肌は雪のように白く、ふもとには不毛の荒野が広がっている。


 言い伝えではこの山そのものが竜神の眠りにつきし姿とされているが、確かに見ようによっては竜が翼を折りたたみ、足元に尾を巻きつけ、立ったまま眠っているふうに見えなくもない。


 辺りは静寂。冷たく乾いた風が肌を突き刺し、吹き抜ける。


 その風に乗って、血の匂いと咀嚼音が、マイの感覚器を支配する。


「嗚呼、美味い。美味いぞ」


 大きくせり出し、切り立った崖の下。


 そこは日陰になっていて、日向とはまるで別世界。あるのは暗闇と死。おびただしい数の獣の死体が血肉の腐った臭いを漂わせていた。死体のほとんどは骨だけだったが、かろうじて肉片がこびりついているものもあった。


 総じて、どれも悲惨な有様だった。無邪気な子供が遊びで生き物を殺せば、おそらくこんなふうになるだろう。


 肉の千切れる音がする。


 骨の砕ける音がする。


 臓腑の潰れる音がする。


 次から次へと生命が消費され、余った部分は無残にも投げ捨てられる。


 原形を留めているものは一つもない。


 マイは、そういったモノに囲まれていた。


「久々の食事だ。苦労して集めた甲斐がある」


 雷鳴のような低い声が轟く。同時に粘り気のある赤黒い液体が滴り落ち、すでに血を吸い尽くした大地で跳ねてマイを汚す。


 声の主は巨大な竜。


 二足歩行型で、片手で人間を握り潰せるほどの巨躯(きょく)を持つ。


 全身に生えた紫紺の鱗は一枚一枚が刃物のように鋭く、体の至るところに何本もの裂傷が走っている。


 (まなこ)は金色。それを囲う白目は真逆の黒に染まっている。


 その恐ろしい容貌は、まさに悪竜と呼ぶに相応しい。


 悪竜は最後の肉を丸呑みにする。


 喉が肉の大きさに膨れ上がり、そしてしぼんだ。


「ふぅ。ようやく腹は膨れた。……さて、最後のお楽しみだ」


 血走った眼球がぎょろりと回転する。


「……! ……!」


 マイは恐怖で悲鳴をあげることさえできない。


「怖いか、小娘? そうだろうな。儂は昔からあらゆるものに畏怖されてきた」


 悪竜が無造作に屍の山を鷲掴む。それをマイの眼前に持ってきて、ぐじゅり。握り潰す。拳から溢れ出した血と骨が滝となる。


「生きとし生けるものはすべて儂の糧よ。自然界最強の種である竜の中でも特に優れた体と頭脳と魔力を持って生まれた儂に敵う者はいない。見ろ、これを」


 見せびらかすように腕を広げ、悪竜は短く唸った。全身の裂傷が赤く染まり、開く。体はさらに大きく膨れ上がる。


 裂傷の隙間から覗く赤。その正体は異常に発達した筋肉だった。紫紺の鱗に赤い亀裂を走らせた姿はもはや、恐怖を通り越して死の悟りを与えてくる。


「戦いでできた傷だけではない。張り裂けんばかりの力が儂自身を内側から壊そうとしておるのだ。弱肉強食の世界においては力こそが絶対、力こそがすべて。儂こそが自然の理よ。ゆえに──」


 悪竜がマイを指差した。


「貴様が儂に喰われることもまた摂理」


 嫌だ。


 食べられて死ぬなんて、嫌だ。


 マイは必死に首を振る。


「怯えなくともよい。苦しまぬよう一呑みにしてやる。尤も、儂の腹の中でじわじわと溶かされる苦しみは味わうことになるがな」


 悪逆非道の笑みを浮かべ、悪竜はマイを摘まみ上げる。そのまま一気に頭上へ持ち上げ、顎を開く。血生臭い。(いびつ)に生え揃った牙がぬらぬらと唾液で光り、動物の毛や肉片のついた真っ赤の舌が、暗闇に向かって延びていた。


 それは地獄の門。


 落とされたら、死ぬ。


「あ……あ……やだぁぁぁあぁぁああぁあああ!!」


「さあ、儂の糧となれ!! 貴様の魔力は儂のものだ!!」


 浮遊感。


 重力に従い、落下が始まる。


 頭から真っ逆さまだ。


 おねえちゃん……ごめんね……


 最後に思い出したのは、大好きな姉を傷つけてしまったこと。


 マイはそれを後悔しながら、固く、目を閉じた。

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