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ラグナ、完全復活

「私との、私たちとの生活は、幸せでしたか?」


「……幸せでした。死にたくなるほどに」


 掠れた声が絞り出された。


「だったらいいです。私はあなたを責めません。優しくしたことに対しての見返りも求めません。人のこと言える立場じゃないですし、それが愛ですから」


「……っ!」


 かすかな嗚咽と震え。ラグナは覆い被さるようにユイを抱き返す。


「自分のことを許してあげてください。ずっと一緒にいたからわかります。あなたは自分を責めすぎなんですよ。私がいいと言っているんです。もう許してあげましょうよ。ね? いつものラグナさんに戻ってください」


「…………。……ああ……」


 ラグナが体を起こし、目元を袖で拭った。


「いつもと逆ですねっ」


「こんなときに茶化すなよ」


 それから、ほんの少しだけ笑った。


「みんなもそういうことでいいですよね?」


 一同がうなずく。ラグナを責めようとする者も誰もいなかった。


「ラグナくん」


 ルイが切り出す。


「君には失望したよ、まさか娘を騙していたなんてね。……と、父親なら言うべきなんだろうが、僕も君の人柄は知っているつもりだ。真面目で優しい君のことだ。真実を隠して僕たちと暮らしを共にするのはさぞつらかったことだろう」


「いえ、当然の報いです」


「そう言える君だからこそ僕は信じるよ。過去のことは水に流そう。大切なのは現在と未来だ」


 そこで一度区切り、


「そして、その未来が今、脅かされている」


「マイは必ず連れて帰ります」


「いいか、絶対に死ぬな。これは家長である僕からの命令だ。ユイを騙していたことは許しても、この命令を破ることだけは許さない。五体満足で帰ってこい」


「はい!」


「待ってください、ルイさん!」


 イクサスが声を張り上げた。


「竜神山に近づくのは掟で禁じられている、そう言ったのはあなたではないですか! 家族の一員であるラグナ殿を行かせてもいいのですか!?」


「俺はまだユイと結婚してないから村の正式な住人じゃない。だから掟も適用されない。そういうことでいいだろ?」


 にやりと不敵な笑いを浮かべるラグナ。調子が戻ってきた。うんうん、ラグナさんはこうでなくっちゃ!


「し、しかし……」


「心配するなイクサス。俺は死なねえ。絶対にマイを連れて無事帰ってくる!」


「…………。……はぁ、そこまで言い切られては信じるしかあるまい。マイを頼んだぞ、ラグナ殿」


「おう!」


「体力や魔力は大丈夫なの?」


 涙目のマリアが鼻をすすりながら尋ねる。


 それに対してラグナは、再び笑みを浮かべると、腰の高さで両手を固く握り締めた。


 そして、


「──はああああぁぁぁぁ!!」


「うわっ!?」


 突然、風が吹いた。


 咄嗟に腕で顔を庇うが、あまりの圧力に倒れそうになる。


 発生源は言うまでもなくラグナ。


 無色の魔力が足元から頭上に向けて吹き荒んでいた。


「こ、この魔力は……!?」


 イクサスがルイとマリアの前に立つ。腕を交差して自身を盾とする。


「ルビーちゃんと戦ってたときよりも強いです……!」


 風が止む。


「ふぅ……」


 ラグナが細く息を吐く。汗の一滴すらかいていない。余裕綽々といった様子。不敵な笑みも健在だ。


「今のでだいたい半分くらいかな」


「は、半分……!?」


 ルイがズレた眼鏡を直しつつ、


「マリアやユイには及ばないが……明らかに竜人族の平均を超えていたぞ!?」


「ルイさんがくれた『抑制輪』と丸々一週間眠ったおかげで完全復活したみたいです。飯も二人前食いましたしね」


 腹をポンと叩く。そういえば部屋に朝食を置きっ放しにしていたんだった。


「いや、それにしたってこの短期間でここまで魔力が強くなるのは異常だ……今のラグナくんならルビーにもあっさり勝てるだろう。いったい何が起こってるんだ?」


「ずばり、愛の力ですね!」


「なんでおまえが答えるんだよ」


 ユイにツッコミを入れると、ラグナは膝をついてマリアと目線の高さを合わせた。


「そういうわけですから、マリアさん、安心してください。償いも兼ねてマイを助けてきます」


 その言葉に、マリアは安心したように綻んで、


「ついでに仲直りしてきなさいね」


 と言った。


「よし、まずはコクトーを取ってきます! イクサス、案内してくれ!」


「わかった!」


 二人は勢いよく部屋を出て行った。


 不思議だ。ラグナがいると絶対になんとかなるという根拠のない安心感が芽生えてくる。ユイにはない強さだ。だからこそ……惹かれてしまうのだろう。


「…………」


 でも、やっぱり心配だ。


 それにマイが家出した直接の原因は他でもない自分だ。


 私も行かなくちゃ。


「お父さん」


「ダメだよ」


「まだ何も言ってません!」


「自分も行くって言うんだろ?」


「な、なんでわかったんですか?」


「父親だからね」


 答えになっているような、なっていないような……


「大人しく部屋で待ってなさい。ラグナくんを信じて帰りを待つんだ」


「……けど」


「彼の覚悟を台無しにするつもりかい? 君が行ってもし怪我でもしたら──最悪死んでしまったら、たとえ他の全員が無事でもラグナくんだけは立ち直れなくなると思うよ。そんなのは嫌だろう?」


「…………」


 廃人同然になった彼の姿は、想像に難くない。


「……わかりました。朝から走り回って疲れたのでしばらく寝ます」


「うん、そうするといい。ほらマリア、君も少し休まないと。ずっと神経を張り詰めていたから疲れただろう?」


 ルイがマリアを抱き起こして寝室へと連れて行くのを横目に、ユイは階段を登っていく。


 自室に入って後ろ手でドアを閉める。


 鍵をかける。


 窓辺に立ち、竜神山を見据える。


 西の空が赤らんでいた。


「ごめんなさい、お父さん、お母さん」


 私が死んだらラグナさんは立ち直れなくなる?


 そんなの私だって同じだ。


 ラグナさんが死んだら私はきっと立ち直れなくなる。


 そんなの絶対に嫌だ。


 それに、ラグナさんは自分の罪を打ち明け、けじめをつけるために命がけの戦いへと赴いた。


 だったら、あの人の妻になる私もまた、妹を泣かせた罪と向き合わなくちゃいけない。


 右腕に魔力を込める。


契約紋(テスタメント)』が赤光を放つ。


 ルビーとの回線が繋がり、思考が混ざり合う。


「聞こえますか、ルビーちゃん」


〈うん〉


「私がしようとしてること、わかりますよね?」


〈もちろんさ〉


「じゃあ行きましょう。これが──私のするべき戦いです!」

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