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正しさなんてクソ食らえ

 誰もが彼を見ていた。


 上には袖捲りした真っ白なシャツ、下には黒いズボンと茶色のレザーブーツ。青白かった肌には血の気が戻り、痩せ細っていた体には無駄のない筋肉が充実している。


 表情は引き締まっていて、黒い瞳が鋭く輝いていた。そこに弱さはなく、確固たる意思を宿し、ただ前を見据えていた。一本の刀のようでさえあった。


「ラグナ、さん……」


 ユイはその名を呼ぶ。


 ラグナは階段を下りきってから周囲を見渡し、最後にユイを認める。


「話は聞こえていたよ。俺が眠っているあいだにしてくれたことも全部知っている。ありがとな」


「い、いえ……」


 そんなことよりも、なんだろう、この悲壮感は。


 今すぐ抱きついたいのに、それを許さない雰囲気をラグナは纏っている。


 ラグナは目を閉じ、深呼吸を一度した。そして、意を決したように目を開く。ルイとマリアに向き直る。


「竜神山には俺が行きます。必ずマイを連れ戻します。どうか俺に行かせてください」


「しかし……」


 ルイが言い淀む。


「行かなくちゃいけない理由があるんです。同時に、みなさんに謝らなくてはいけないことが……。特にユイリールさん、あなたには」


「え?」


 別人のようなよそよそしい話し方に戸惑いを隠せず、ぽかんと口を開けてしまう。


 どういうこと? 思考がフリーズしている。言っている意味がわからない。


 頭の中が真っ白になって、呼吸の仕方も忘れそうになっていると、ラグナはその場に四肢をついた。


「マイの疑いは事実です。俺は……私はユイリールさんを騙していました」


「どういうことですか?」


 やはり理解が追いつかない。周りも驚いたように目を剥いている。


 ラグナは、おそらくはとてつもなく苦々しい顔をして、


「私がプロポーズしたのは、ユイリールさんに一目惚れしたからじゃないんです」


 と言った。


「え……」


「安全な生活を手に入れるためだったんです。許してほしいだなんて虫のいいことは言いません。だけど、せめて謝らせてください。──本当にすみませんでした!!」


「…………」


 落胆よりも驚愕のほうが強くて、声も涙も出てこない。悲しいとすら思わなかった。


 マイのこともあるし、心の処理能力が追いついていないのか?


 ……いや、違う。


 悲しくなんかないんだ。


 確信があるんだ。


 ラグナさんは、私のことが何よりも好きだ。


 そうじゃなかったら命がけで戦うなんてありえない。


 私のためにいちいち倒れるほど怒ったりしない。


 確かに始まりは嘘だったかもしれない。


 だけど、その先にあるものは本当だった。


 なら、始まりの嘘なんて気にしなくていい。


 大切なのは、今だから。


 思い込みの強い私は、彼の言葉よりも、彼と過ごした日々を信じる。


 家族はユイを見ていた。当事者であるユイが発言するのを待っていた。


 ユイは言いたいことを十秒かけて整理してから、


「顔を上げてください、ラグナさん」


 彼は言われた通りにする。しかし、目を合わせようとはしない。眉間はしわくちゃだ。血が滲むほど下唇を噛んでいる。


「あなたの本心はわかりました。だからずっと苦しそうな顔をしてたんですね」


「……はい。優しくされることがとてもつらかったです」


 苦しそうな顔が、泣きそうな顔になる。


「いつも申し訳ない気持ちで胸がいっぱいでした。私には誰かに愛される資格なんてないんです。黒髪であることもそうだし、ドラグナー家のみなさんを欺き続けた! ……俺みたいなやつは転生なんかするべきじゃなかった! ずっと死んだままでいるべきだった。本来はそれが正しいんだから……!」


 堰を切ったように溢れ出すのは後悔と自責の言葉。


 最後のほうはほとんど叫び声だった。


 それでも涙を流さないのは、泣く資格すらないと思っているからかもしれない。


 ラグナの懺悔はまだ続く。


「……だけど、甘えてしまいました。みなさんの優しさにつけこみ続けてきました。その結果が現状(これ)です。私はマイヤさんを深く傷つけ、家出するほど追い込みました。なら、危険を冒してでも助けに行くのは私でなければいけないはずです。お願いします。どうかマイヤさんを助けに行かせてください。彼女を救うためにこの命を使わせてください。どうか罪を償わせてください。そのあとはどんな罰も受けますから、どうか……」


 そうしてラグナはとうとう床に額をつけた。


 初めて見るが、この仕草が最大限の謝罪と誠意を示すものだということは直感的に理解できた。それから彼の言い分も。


「…………」


 だが一つだけ、許せないことがある。


「ラグナさん。今から一発殴りますので立ち上がってください」


「は、はい」


「キツいのお見舞いします。歯ぁ食いしばってくださいね」


 拳に息を吹きかける。


 ラグナがぎゅっと目を閉じた。


 ユイは、


「せー」


 全力で横っ面を、


「のっ!!」


 殴った。


「っ……」


 ラグナがよろけ、踏みとどまる。頰が赤く腫れていた。


「なぜ殴ったのかわかりますか?」


「あなたを……騙していたから」


「違います」


「えっ」


 目を丸くした。


「逆の立場になってようやくお父さんの気持ちがわかりました。私が殴ったのはねラグナさん、あなたが自分の命を軽く見ているからですよ」


「……でも、事実です。この世界に私の居場所はありません。あなたたちは私を受け入れてくれたけど、騙していた以上、一緒にいる資格はありません。そして私が原因でマイヤさんがさらわれた……じゃあ、彼女を助けるために死ぬのが正しいはずじゃないですか」


「正しさなんてクソ食らえです!」


 ユイはラグナを抱きしめる。身長差のせいで彼の胸に顔をうずめるような形だが。

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