捜索は夕暮れまで続き
マイの失踪から半日が過ぎた頃、世界は色を変え始める。空の彼方は青から橙色へと移ろい、その光はユイとマリアしかいないリビングを満たす。
村中を探し回った。
探して、探して、探し回った。
けれどマイは見つからず、ユイはマリアに泣きついた。後の祭りだが、最初から相談すればよかった。
マリアは事細かに内容をまとめると、すぐルイに報告し、次に村人たちに声をかけ、あっという間に村総出でのマイ捜索が始まった。
当然、ユイも捜索にあたりたいと志願した。しかし、体力と冷静さを欠いていると判断されたので、マリアとともに自宅待機している。
これが現状だ。
村全体を巻き込んで非常に申し訳なく思う。自分の視野の狭さがこの事態を引き起こしたのだ。後悔と罪悪感で胸がいっぱいで、テーブルに突っ伏した姿勢からろくに体を起こせない。
「どうして気づけなかった……」
マリアがつぶやく。顔を上げると、苦々しい表情で爪を噛み、片手で髪を掻きむしっている。こんな母は見たことがない。
「ごめんなさい……」
自然と謝罪が口から漏れた。
マリアは、
「あなたを責めてるんじゃないの。あなたたちの変化に気づけなかった私自身に怒ってるのよ、私」
がり、とテーブルに爪を立てる。
「何が母親よ、この役立たず……! 私が一番早く気づかなきゃいけなかったのに!」
違うよ、お母さん。
一番役立たずなのは──
「全部私が悪いんです。姉としてもっとちゃんとマイのことを見ているべきでした。お母さんは悪くありません……」
「そんなの言い訳にしかならないわ!」
バン! と机が鳴く。
「私はあなたたちの母親なのよ! マイの悩みも、ユイがマイをほったらかしにしていたことも、私が気づくべきだった! そうすればこんなことにはならなかった! 私が一番近くにいたのに何もできなかった……私は母親なのに……」
母親としての役割を全うできなかったこと。
それこそがマリアの怒りの源泉だ。
他の誰かが許しても、自分自身が許さない。
私のせいだ……。ユイは再び沈み込む。こうしてまた一人、間接的に大切な人を苦しめてしまう自分が恨めしい。いっそ自分の命と引き換えにすべてを解決できないだろうか、なんてことも考えてしまう。大切な家族の笑顔を取り戻せるなら……と。
「マイ……いったいどこに……」
マリアはそれきり黙りこくった。
*****
ふと壁掛け時計に目をやると、イクサスが定期連絡しにくる時間になっていた。
間もなくしてイクサスがリビングに入ってきた。やつれている。いつもの凛とした雰囲気がない。彼も心労が祟っている様子だ。
「どう?」
マリアが尋ねると、イクサスは首を横に振った。
「残念ながらマイの行方はまだわかっていません。引き続き捜索は行っていますが、もう調べられるところは調べ尽くしたので発見の可能性は正直低いかと……」
「そう……ご苦労だったわね、イクサス」
「やめてください。オレにはねぎらわれる資格なんてありません。オレがもっとしっかり門番の仕事をしていれば、マイが門を通るところを止められたかもしれない。……オレは門番失格だ」
「君のせいじゃないさ」
肩を落としてうなだれるイクサスの背中を優しく叩いたのは、イクサスに続いて現れたルイだ。
「これは家族全員の問題だ。誰か一人の責任じゃない。あまり気負いすぎるな」
「はい……」
「ユイも自分を責めるんじゃないよ。こういうときこそ感情的にならず冷静に対処するんだ。くれぐれも早まらないように。いいね?」
「は、はい」
さすが父だ。頼りになる。一家の大黒柱として周りを気遣いつつ場を仕切っている。
これでラグナがいればどれほど心強いだろう。
……ダメだ、こういう考えがこの事態を招いたのだ。ユイは心の弱さからくる甘ったれた思考を頭の片隅に追いやった。
「ところで朗報だ。村の近くを通りかかっていた旅人から『角と尻尾が生えた小さな女の子を見かけた』という情報が得られた」
「本当!?」
マリアがすがりつくようにルイの服を掴む。
ルイはその手に自分のそれを重ねて、
「ああ。『角と尻尾が生えた小さな女の子』とは十中八九マイのことだろう。裏付けとして、これが僕のもとに」
そう言って懐から取り出したのは、泥まみれになった赤竜のぬいぐるみだった。
それは、ラグナの部屋に投げ捨てられた緑竜のぬいぐるみの片割れであり、捕まった女の子がマイであるという動かぬ証拠。
ぬいぐるみはユイに手渡される。
「これ……マイが持っていった、私の……」
「旅人曰く、マイは巨大なドラゴンに捕まっていたらしい。不意に空から悲鳴が聞こえてきて、見上げるとそういう状況だったそうだ。旅人は大声でマイに呼びかけ、それに気づいたマイはこのぬいぐるみを投げ落とした──」
「咄嗟に判断したのでしょうね。我々に自分の状況を報せるために」
イクサスが感心した様子で言う。
「結局マイは無事なの!? どこにいるの!? それに『巨大なドラゴン』って……!」
「落ち着けマリア。その点についても情報をまとめてきた」
今度はメモを懐から取り出す。
「『巨大なドラゴン』とは、一ヶ月ほど前から村の近くの森に棲みついたと噂されているヤツのことだ。ユイも探しに行ったね。ヤツはその巨体を維持するために膨大な量を食べなくてはいけない。だから森の生態系が崩れ、村では狩りが上手くいかないなどの悪影響が出ていた。当然、襲撃に対する不安を持つ者もいた。旅人の目撃情報では、とにかく巨大で全身に裂傷がある紫紺のドラゴンらしい。とてもおぞましい顔つきをしていたことから、旅人はヤツを『悪竜』と名付けたようだ」
「それでその悪竜はどこにいるの!? 私なら一瞬でマイを助け出せるわ!!」
「悪竜の潜伏先も掴んである。……でも」
「何をためらっているのよ!?」
半ばヒステリーを起こしながらルイを問い詰めるマリア。
ルイは顔についた妻の唾を拭くこともなく、
「竜神山」
声のトーンを落として、そうつぶやいた。





