放心、彷徨、昏睡
「──ナさん! ラグナさん」
ユイが呼んでいる。
自然と呼び声のほうに視線が行った。
「…………」
「よかった! やっとこっち向いてくれましたね。呼びかけても全然反応がなかったので心配しました。大丈夫ですか?」
「……あ、うん。大丈夫。ごめん。話、聞いてなかった。あれ? 朝ごはん、食べてなかったっけ?」
さっきまであったはずの料理が皿ごとなくなっている。
「ごめんなさい、もう片付けちゃいました。あれから一時間も経ったんですよ」
「……そっか。道理でみんないないわけだ」
「何か作りましょうか? 簡単なものならすぐ用意できます」
「いや、いいよ」
「…………」
ユイが心配そうに覗き込んでくる。
自分は今どんな顔をしているのだろう。
きっと最低な面構えだ。
「風を浴びてくるよ」
手足が凍ったみたいに冷たい。それでもなんとか立ち上がり、ドアのほうへと体を引きずる。
「一緒に行きます」
ユイがラグナに寄り添おうとした。けれど、その手を、ラグナは優しく払い、
「一人にしてくれ」
虫にも勝てなさそうな緩慢な足取りで外に出た。
「…………」
玄関から数歩進んだところで止まった。
空が青い。
雲が白い。
風が吹いている。
陽が射している。
「いい、天気だな……」
本当に、いい天気だ。
だけど、そうとわかるだけで、なんの感慨も湧いてこない。
はっきりしているのは、一つだけ。
死にたい。
生きていたくない。
このまま消えてしまいたい。
「ラグナさん」
いつのまにか後ろにユイが立っていた。
「なあ、ユイ」
ラグナは振り向くこともせずつぶやく。
「さっきは俺のために怒ってくれてありがとう。でもさ、やっぱり思うんだよ。マイの言い分のほうが正しいって」
「そんな……!」
「俺はここにくるべきじゃなかったんだ。転生なんかするべきじゃなかったんだよ。おまえと出会うべきでもなかった。ここに、この世界に、俺の居場所は、ない」
「私が居場所になります! 世界中が敵だとしても、私だけはラグナさんの味方をします! だから──」
「今度は俺みたいな化け物モドキじゃない、いい人と、出会えるといいな」
「ラグナさ──」
聞き終わる前に意識が闇に沈んでいった。
願わくば、これが最期の眠りでありますように。