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揺らめく嫉妬は炎のように

 姉に、恋人ができた。


 恋人ができてから、姉は自分に構ってくれなくなった。


 *****



 ドラグナー家の朝食はイクサスが食卓についてから始まる。ドラグナー家とイクサスは古くからの付き合いがあり、もはや家族同然だ。家の出入りも自由にしている。イクサスの席はいつもマイの隣だ。


 朝のあいさつが交わされたのち、父が全員の顔を見渡して、


「よし、みんな揃ったね」


 手を合わせた。


 全員がそれに(なら)う。


 竜神様と自然の恵みに対する感謝の言葉を、父が代表して唱える。


 五歳のマイにはまだその内容の意味はわからないけれど、最後にみんなで「いただきます」を言うのは理解していた。


 みんなが声を揃って言って。食べ始めた。




「はい、あーん」


「んあ」


「ラグナさんったらまだ食べさせてもらってるの? 甘えん坊ね」


「仕方なくです、仕方なく」


「とか言っておきながら嬉しいくせに〜」


「……やっぱ自分で食う」


「あ、ダメ! ラグナさんは両手使っちゃいけないの!」


「わかったから手首を握り潰そうとするな超痛い」


「はは、若い頃を思い出すなぁ」


「ルイさんたちもまだまだ若いじゃないですか」


「いやいや、三十路を過ぎれば結構ガタがくるよ。イクサスもなってみればわかるさ」


「若い頃のルイも今のルイも私は大好きよ」


「いや、あ、あはは」


「反応に困る気持ち、同じ男としてわかりますよ、ルイさん」


「わかってくれるかラグナくん。惚れた弱みってやつだよねぇ……」




「…………」


 誰も自分を見てくれない。


 前はこんなふうじゃなかったのに。


 ラグナがきてからずっとこうだ。


 あの男のせいで、みんな、狂ってしまった。


 マイはドラグナー家のアイドルだった。家族の中で一番愛されるのも、注目されるのも、マイであることが当たり前だった。


 父は、仕事の合間にいろんなことを教えてくれていた。父がしてくれる本の読み聞かせや昔話がマイは大好きだった。


 でも、今は時間が空くたびにあの男のことについて調べ物をしているらしく、ここのところまともに話した記憶がない。


 母は、食事のときはいつもマイの好物を作ってくれた。母が作ってくれる料理はどれもおいしくて、毎回食べすぎてしまうほどだった。


 でも、今はあの男の好物ばかり出てくるので、食事がちっとも楽しくない。


 イクサスは、休みの日になると村の外に連れて行ってくれた。マイはイクサスがそばにいるという安心感のもと、興味を惹かれたものを探り、新たな発見に出会えることが面白かった。


 でも、今はあの男と戦いの話で盛り上がるばかりで、外に行こうと誘ってくれない。


 そして、姉は、どんなときだってマイを最優先に考えてくれていた。最愛の妹として誰よりも何よりも可愛がってくれていた。


 でも、今はあの男のことばかりで、こちらなことはちっとも気にかけてくれない。朝も昼も夜も、昨日も今日もきっと明日も、寝ているときですらうわ言であの男の名前を呼ぶくせに、マイの名前は日に数えるほどしか呼んでくれない。


 こんなのはおかしい。


 こんなのは間違っている。


 あの男がみんなに何かしたんだ、そうとしか思えない。


 特に姉に関しては──想像もつかないような卑怯な手段で脅しているに違いない。もしくは洗脳したのだろう。そうじゃなかったらあの優しい姉が自分のことをここまで(ないがし)ろにするはずがない。


 根拠なら、ある。


 それは、あの男が黒髪ということだ。


 黒髪は魔族の仲間だ。本にそう書いてあった。魔族は人類の敵で、倒さなければいけない悪だ。つまり、黒髪は悪だ。だから家族を狂わせて取り入るあの男もまた、悪だ。


「あ、そうそう、ラグナくんの体のことなんだけど」


 ルイが興奮気味に切り出し、ズボンのポケットから小さな箱を取り出す。開ける。銀の指輪が収まっていた。


「はいこれ」


 ラグナに差し出す。


「……あー」


 ラグナは気まずそうに目を背け、


「気持ちは嬉しいんですが、すみません、俺は普通に女が好きなので……」


「プロポーズしてるわけじゃないよ!?」


「何、浮気!?」


「許しませんよそんなの!! ラグナさんは私のですから!!」


母娘(おやこ)揃って悪ノリしないでください」


 イクサスが呆れたような半眼をユイとマリアに向けた。


「やれやれ、ひどいよラグナくん」


「ここはボケる場面かと思いまして。それでルイさん、その指輪はなんなんです?」


「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました! これはラグナくんの魔力を復活させるための魔法具だよ!」


「ほほう」


 黒髪の男が片眉を上げる。


「これを使う前に、まずはラグナくんの能力について解説していこうか。ラグナくん、君は今までルビーと戦ったときやユイの身に何かが起ころうとしたとき、激しく感情を昂ぶらせてきたね?」


「ええ、まあ」


「ラグナさんったら私のことをそんなに……きゃー!」


「ユイはちょっと静かにしててね。話が進まないから。──で、そのタイミングで身体能力が劇的に向上した。間違いない?」


「はい」


「つまり君の身体能力は感情の強さに比例して向上した、ということだ」


「言われてみれば確かに……」


 周りも納得したようにうなずいた。


「僕はこれを身体能力向上の魔法『強化(アクセル)』に似ていることから『自動強化(オートアクセル)』と呼ぶことにした。ラグナくんの『自動強化(オートアクセル)』はその名の通り常時発動している。()()()()()()()()()()()()()()


「なるほどね」


 本人より早く話を呑み込んだのは、この中で誰よりも魔法が上手なマリアだった。


「だから傷が治ったのに魔力は回復しなかったのね。今のラグナさんは言わば魔力を垂れ流している状態。底に穴が空いたバケツのようなもの。『自動強化(オートアクセル)』ありきで活動している以上、魔力が溜まる道理はないわ」


「そういうこと。さすがマリア。で、この指輪──『抑制輪』はそういった魔力の漏洩を防ぐために使われる医療器具の一つなんだ。マリアの例えになぞらえると、バケツの穴を塞いでくれるんだね」


「ふーん……世の中便利な道具があるもんですね」


「さ、つけてごらん」


 ラグナが『抑制輪』を手に取り、怪訝そうに見つめる。


「つけた瞬間ぶっ倒れる、なんてことはありませんか?」


「そんなことがあったらとてもじゃないが患者に使えないよ。よほどの精神的ダメージでもない限りありえないから安心して」


「…………」


 半信半疑な様子で『抑制輪』を左手の中指にはめる。


「どう?」


「……微妙に体が重くなった気がします。それとなんだか気分も悪い」


 しかめっ面で答える。


「だろ? 魔力が抑えられて『自動強化(オートアクセル)』の効果も弱まったんだ。じきに本気で動いても平気なくらい回復するよ!」


「わざわざありがとうございます」


 頭を下げる。


「なーんか他人行儀よね、ラグナさんって」


 それを見ていたマリアが不服そうに唇を尖らせた。


「そう、ですか?」


「まずそれ! 話し方が堅苦しい! ユイやイクサスには敬語を使わないのに!」


「当然じゃないですか。二人とも俺より年上で、俺は居候させてもらってる身分なんですから」


「む〜……! だったらせめてお母さんって呼んで! ママとかお袋とかでもいいわ! ユイと結婚するならもはや私たちの息子同然でしょう!?」


「落ち着いてください、マリアさん。とりあえずママはありえません」


「うわぁぁぁぁんまた敬語使ったぁぁぁぁ!」


「やれやれ、我が母ながら情緒不安定ですねぇ。もう少し年相応の落ち着きを持ってほしいものです。……なんですか、みんなして〝おまえがそれを言うの?〟みたいな顔をして」


 それだけはマイもそうおもう。


「と、こ、ろ、でぇ〜。ラグナさん? 指輪って薬指につけるとどんな意味を持つか知ってます?」


 ユイがくねくねしながらラグナに擦り寄る。ラグナはうっとうしげに、


「バカにするな、知ってるぞそれくらい。婚約や結婚の証になるんだろ」


「そうですとも! というわけで、はい」


 ユイが左手を差し出す。


「……?」


 ラグナが首をひねる。


「……ああ、なるほど」


 そうつぶやいて、ユイの手の甲にくちづけした。


「どぅへぇぁ!?」


「あらぁ〜」


「やるねぇ!」


「どうでもいいけどひどい悲鳴でしたね今の」


 ユイが赤面して口をパクパクさせる。その反応にラグナは目を泳がせる。


「あ、あれ? こうしろって意味じゃなかったのか?」


「ちっがいますよ! 嬉しいけど! 私は指輪がほしくて手を差し出したんですっ!」


「つっても指輪なんか持ってねえし、普段のおまえを見てたら今のしか思いつかねえよ」


「実行するあたりがラグナくんのすごいところだよねぇ」


「ええ、いざとなったら尻込みして何もできなくなるユイとは大違いだわ」


「うるさいそこ!」


 ユイが放熱するかのように長く息を吐き、


「まあ、今日のところはこれで勘弁してあげます。でもそのうち絶対指輪をプレゼントしてくださいね! くれないと呪いますから! 一生取り憑きますから!」


「それ今と変わらなくない?」


「も、燃やしますよ!!」


「えっ、やめてよ」


 居間に笑い声が響く。マイ以外の笑い声が。


 ──そろそろ限界だ。

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