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マリアンヌ・ドラグナーの暴走

 ついに私の出番がきたわ! いよいよお母さん登場! いやー、ほんとに待ってたのよ? ラグナさんたらいーっつもユイと一緒にいるし、一人で歩けるようになったと思ったらふらふらーっとどこかに出かけちゃうし、家にいるときはルイの診察があるし、なかなか二人きりになる機会に恵まれなかったのよね。あ、二人きりになりたいっていうのはヘンな意味じゃなくてね? 娘の恋人とお話してみたいっていうのは母として当然の感情じゃない? つまりそういうことなんだけど、勘違いしちゃダ・メ・よ♪ 私はルイ一筋なんだから! って、誰に言ってるのかしら私。まあいいわ。とりあえずラグナさんが目覚めるまで踊っときましょう。


 ──マリアンヌ・ドラグナー。通称マリアは頭の中で独り言を唱えながら適当に体を動かす。くるくるくるくる、たん、たん、たんっ。気分は魅惑のトップダンサー。踊りに合わせてスカートとエプロンの裾がふわっと浮いたりひらひら揺れたりする。うなじで一本結びにした長い赤髪が尾を引く。楽しい。だが踊りが趣味というわけではない。これは単なる暇潰しだ。


「ん……」


 ラグナが呻いた。目覚めの気配。踊りをやめてベッドのそばに移動する。


「……ユイ?」


 薄目を開けて、そう言った。


 マリアを見て、そう言った。


 だからマリアは、


「ユイだと思った? 残念、お母さんでした!」


 とびっきり晴れやかな笑顔で、そう言った。


「……ああ、マリアさん、でしたか。すみません。ユイとあまりにもそっくりだったので」


「いいのよ。竜人族の女は母親そっくりに育つものだから」


 違いがあるとすれば背丈と肉づきくらいだろう。ユイは〝つるぺた〟、マリアは〝ぼいん〟。ユイは平原、マリアは竜神山。見た目は瓜二つでも胸と尻の大きさには天と地ほども差がある。


 それでいて、くびれはキュッと締まっている。肌も年齢を感じさせないほど瑞々しく、弾力があり、透き通るように白い。


 我ながら女神のようだと本気で思ってしまうくらいの美しさだ。


「そ、れ、よ、り! ついに聞けるわね、ラグナさんとユイの甘々ラブラブカップル話を!」


「寝起きでそのテンションはキツいです」


「娘のコイバナを前に黙っていられないわ! 母として! 母として!」


「なんで二回言ったんですか」


「母だから!」


「理由なってないです」


 ツッコミが冷静だ。温度差がひどい。


 でも、めげない負けないくじけない! だってお母さんだもんっ!


「ぶっちゃけユイとはどこまでいったの? もう抱いた?」


「だっ……!? いきなり何言ってんスかあんた!?」


「だってキスは済ませたんでしょ? とあらば次は……ねえ?」


「期待のこもった目で見られてもなんもねえよ! キスですら死にかけるのにその先なんていけるか! むしろ逝くわ!」


 荒ぶると敬語が外れるのね、と思いつつ、


「イって、逝く……つまり腹上死ね。上手い。1ポイント贈呈よ」


「なんのポイントだよ!!」


「10ポイント溜めたら、この『妻は淫らな子猫ちゃん 〜愛という名の調教〜』をプレゼントします」


「いらねえよ! ってか今どこから出した!? そもそもなんで官能小説持ち歩いてんの!?」


「ちなみに下巻もあります」


「二本立てかよ!」


 んー、キレッキレでボケ甲斐があるわ!


「いらない? ラグナさんとユイの関係性に近いものを選んできたんだけど」


「……いらない」


 ちょっと考えたわね。


 マリアは『妻は淫らな子猫ちゃん 〜愛という名の調教〜』の上下巻を懐にしまった。


「はぁ。この様子だとユイから聞いた以上のことはなさそうね。お母さんがっかり」


「ハ、それは悪うござんしたね」


 からかわれたことを根に持っているのか、ふてくされ気味に鼻を鳴らしてそっぽを向くラグナ。だが生憎と、拗ねた子供みたいで可愛いだけだ。


 そんな彼に、マリアは人差し指と中指のあいだから親指を覗かせた拳を作って見せる。


「あの子を抱くときは一声かけてね! 必要なもの、全部用意してあげるから!」


「余計なお世話だっつーの! あとその手やめろ!」


 いいツッコミだ。きっとツッコミ(意味深)も激しいに違いない。あの子、耐えられるかしら? もしかしたら壊されちゃったりして。そしたらドラゴン(ルビー)にも勝ったラグナさんは二つの意味で竜殺し(ドラゴンスレイヤー)ね!


「何かよからぬこと企んでません? 妄想中のユイとおんなじ表情してるんですけど」


「娘の情事を、ちょっとね」


「キメ顔で言うことじゃねーよ! ……そろそろツッコミ疲れたんでボケないでもらえます?」


「病み上がりだもの、無理させちゃいけないわね」


 今更手遅れな感はあるけど。マリアは椅子に腰掛けた。


「喉乾いてない? はい、お水。すりおろしたリンゴもあるわ」


「ありがとうございます。……できれば起きてすぐ出してほしかったです」


「お詫びに食べさせてあげましょうか?」


「遠慮しときます」


 ラグナが水を飲み、すりりんごを一口食べる。


「さっきルイが言ってたんだけどね。ラグナさんの体の秘密、わかったかもしれないって」


「本当ですかっ!?」


「落ち着いて。こぼすわよ」


「あ、すみません……」


「今、裏付けを取ってるみたいだから近いうちに詳しい話を聞けると思うわ。ふふっ、ルイったら子供みたいにはしゃいでたのよ。ああいうところ、昔からちっとも変わってないの」


「いつもの冷静な分、ちょっと想像しづらいです」


「意外と熱くなりやすいわよ。さっきもすごく興奮してたわ」


「……熱くなりやすい、か」


 何かを悔いるように目を細める。


「どうしたの?」


 その理由を尋ねると、ラグナはこちらに目配せしたのち、手元に視線を落とす。


「笑わないで聞いてくれますか」


「もちろん」


「じゃあ、話します。実は定期検診が終わったあと、旅人の男がユイに触れようとしてるところをたまたま見かけたんです。俺はそれだけで頭ん中が怒りでいっぱいになって……その男を殺すことしか考えられなくなりました。もし俺が万全の状態だったら本当にそうしていたと思います」


「それ、何が悪いの?」


 マリアの返しに、ラグナはきょとんと目を丸くして、


「……なんていうか、自分の器の小ささが嫌になります。本当はもっとしっかりしたやつでいたいのに、こんなことでキレちゃうなんて情けない。周りの世話になってばかりで、何も返せなくて、その上ろくに感情の制御もできないなんて最低です」


「んー」


 少し考えてみる。


「やっぱり何が悪いのかわからないわ。だってユイも同じようなことしたんでしょ? だったら別にいいじゃない」


「俺とユイじゃ立場が違います」


「つらいときに助け合って生きていくのが人間なんだからあなただけが我慢する必要はないわ」


「だけど、俺は……!」


「死人だからその輪の中にはいない、って言いたいの?」


「…………」


 図星か。


「あのね、ラグナさん。自分を蔑ろにするってことは、自分を大切にしてくれる人を蔑ろにするってことと同じなのよ。私たちのことを気にかけてくれてるなら、まずはあなた自身があなたのことを大切にしてあげてちょうだい。私たちにとってはそれが最大の恩返しなんだから」


「…………」


 ラグナはうつむき、前髪で目元を隠す。


「……俺にそんな資格はない」


「資格なんかいらないわ。気持ちがあればそれで充分よ」


「その気持ちさえ俺には……!」


「──なんてね」


「えっ?」


 マリアは呆気にとられてぽかんと口を開けたラグナの頭に手を置く。


「偉そうなこと言ったけど、わたしにはわかるわ、ラグナさんの気持ち。私も昔、今のあなたみたいなことを思ってたから」


 撫でる。意外とさらさらしている。顔立ちもわりと綺麗なほうだ。線が細ければ女装が似合っていただろう。


「なんていうか、居心地が悪いのよね。分不相応な幸せを与えられると、それがいつかなくなってしまうことばかり考えちゃって怖くなる。優しくされると、何か裏があるんじゃないかと勘ぐっちゃう。後ろめたいことや他人に傷つけられたことがあると、どうしても素直に受け止められない。好意って時と場合によっては重いのよね」


 くす、と笑いかける。


 すると、ラグナの表情が緩んでいく。


「言いたいことを全部言われてしまいました」


「ふふっ、理解者になれたようで何よりだわ。そうやって罪悪感や申し訳なさを感じられるってことは、性根が優しいってことの証明なのよ。優しくない人はそんなふうに思わないもの。優しくない人はもっと厚かましくて、何かしてもらうことを当たり前に思っていて、誰かに幸せを与えることなんてちっとも考えない──ちょっぴりその()があるユイにはぴったりの人よ、あなたは」


「……ありがとうございます」


 最初からこうするべきだった。傷ついている者に必要なのは正論ではなく共感だ。正論を言うにしても、先に共感を持ってきたほうがその人にとってはありがたいだろう。母としての選択を誤るところだった。


「でも、俺はユイからたくさんのものをもらっています。あいつは〝優しくない人〟なんかじゃないです」


「あら、ユイのこととなると急にムキになるわね?」


「べ、別にそういうわけじゃ」


「またまた〜、ほっぺが赤くなってるぞ〜」


「ちょ、やめっ、ぐりぐりすんなっ、くそ、力強ぇ!」


 マリアの手首を掴んで必死に遠ざけようとするラグナ。しかし、竜人族であるマリアの腕力は平均的な成人男性のそれを軽く上回る。魔力切れを起こしているラグナでは太刀打ちできるはずもない。


「あ、そうだ! 魔法! 魔法について教えてもらっていいですか! 正直よくわかってないんで!」


「露骨に話題を逸らしたわね」


「こうでもしないとやめないでしょアンタ!」


「いやぁ、ラグナさんの反応が可愛くて、つい」


 てへっと笑い、ぺろっと舌を出す。


「…………」


 ラグナは黒い瞳で白い目を向けてきた。


「で、魔法のことね。いいわ、からかったお詫びに教えてあげる。この世界で生きる以上は必修科目だし、これでも魔法は大得意なんだから!」


「よろしくお願いします」


 ちょっと難しいかもしれないけど、わからないところがあればその都度解説していこう。マリアは咳払いを一つ挟み、


「魔法の話をするためには、まず魔力と魔法陣について知らないといけないわ。ラグナさん、この二つがどういうものなのか説明できる?」


 そう質問した。

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