嫌われ者
「…………」
「なぜ黙っている? ……ハッ、もしかして魔族が現れたのか!? だとしたらすぐ村全体に避難勧告を」
「違う」
ラグナが左手で前髪を掻き上げつつ天を仰ぐ。
「じゃあ何が──あ……」
察した。
あの旅人は、ラグナの黒髪を見て走り去っていったのだ。
つまりそれは、暗にラグナを魔族扱いしていたということで──
「す、すまない。無神経なことを言った」
「いいさ。最初からわかっていたことを、あらためて突きつけられただけなんだから」
声音こそ平坦だが、傷ついているのは一目でわかった。ああ、そうだとも。何もしてないのにいきなり悲鳴をあげて逃げられたら、誰だって天を仰ぎたくなる。
「……ラグナ殿。魔法で髪の色を変えてみてはどうだ? そうすれば今のようなことは起こるまい」
ラグナはじろりとイクサスを睨むと、村の中に向かって歩き出し、イクサスの横を通り過ぎたところで止まった。
「滅びを意味するこの名前も、魔族と間違われるこの髪も、俺を表す数少ないモノだ。失いたくねえ」
「そう、か」
ユイと惹かれ合う理由がわかった気がする。
彼もまた孤独なのだ。
誰にも共感してもらえない苦しみを抱えているのだ。
この世には、記憶を失くした者がいて、肉親を亡くした者がいて、使命を無くした者がいる。
けれど、三つのうち必ずどれかは持っている。
記憶と肉親を持たない転生者でさえ、使命だけは持っている。
だが、ラグナはどれも持っていない。
記憶も肉親も使命もない、余り物の転生者。
二度目の命を与えられただけの虚ろな死者。
それが彼の正体だ。
「救いがあるとすれば、ユイに巡り会えたことか」
だから二人は求め合う。
互いの欠落を埋め合うように。
「そうだな。……だけど、俺は──」
ラグナは、その続きを言わず、
「……いや、なんでもない」
村の中に戻っていった。
「あの二人の出会いは必然だったのかもしれんな」
「そんなわけない」
イクサスの独り言に、刺々しくも可愛らしい声が応えた。
声のほうに視線を下げると、二本の小さな角を生やした短い緑の髪があり、その下にはユイにそっくりな顔立ちがある。眉間にしわを寄せ、口を〝へ〟の字にしている。見るからに不機嫌そうだ。
「マイ」
少女の名はマイヤ・ドラグナー。
通称マイ。ユイの妹だ。
年齢は五歳。ユイとはちょうど十歳離れている。
白いワンピースの裾をめくり上げて伸びる竜の尻尾は、角と合わせて成長途中の竜人族の特徴だ。
「あんなやつ、おねえちゃんがすきになるわけない。だってくろかみだよ? きっとおねえちゃんをだましてるんだ!」
「黒髪だから、というのは安直すぎやしないか? それに彼がそんな男だとは思えない」
「ううん、ぜったいそう! マイにはわかるよ! あいついっつもうしろめたそーなかおしてるもん! おねえちゃんをだましてるからあんなかおするんだ!」
マイはラグナを嫌っている。少なくともイクサスは、マイとラグナがまともに会話しているところを一度も見たことがない。
いや、目を合わせているところすら、か。マイはラグナをいないものとして扱っているらしく、ユイとラグナのあいだに度々割り込もうとする。そして、ユイに追い払われるのがいつもの流れだ。ラグナに対して不満が募るのは仕方ないことだろう。とはいえ、
「マイ、いきなり現れてユイをかっさらっていったラグナ殿を快く思わない気持ちはわかる。オレとて少し寂しい。だが根拠のない人格否定をしてはいけないぞ」
「……そうやって〝くろかみ〟のみかたをするんだ、イクサスは」
「あのな、オレは──」
「イクサスなんかだいっきらい!!」
弁明を待たず、マイは金切り声をあげて走り去っていった。
「……やれやれ」
ため息とともに肩をすくめる。
姉妹と男の三角関係か。よもや身近にこんな修羅場が生まれるとは。マイがもう少し大きかったら話は変わっていたかもしれない。案外、素直にラグナを義兄として慕っていたりして。……却下。自分のポジションを取られたみたいでなんだか悔しい。
まあ、マイが抱えている不満もそういうことだ。今まで一番ユイに構われていたのは自分だったのに、急に知らない男が現れてそのポジションを奪っていった。マイからしてみれば面白いはずがない。敵視するのも当然だ。
あの二人が仲良くなれる日は果たしてくるのだろうか……?
──それはそれとして、
「『だいっきらい!!』はさすがに堪えるな……」
肩を落として二度目のため息。
子供は時に残酷だ。