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門番の仕事

「──ということがあったんです」


「なるほどな」


 門の前。イクサスの仕事場。一人で村を歩き回れるようになったラグナが散歩がてら顔を出しにきて、先日竜舎で起こったという出来事を話し終えた。


「あの子は情緒不安定で思い込みの激しいところがある。昔、ひどい癇癪(かんしゃく)を起こして当時妊娠中だったマリアさんに暴力を振るってしまったことがあってな。それで一時期、親元から引き離されていたんだ。預かり先から帰ってきたユイは、今でこそ定着したが、敬語と作り笑いで取り繕うのが上手くなっていた。まるっきり別人みたいだったよ。もう見放されたくなかったんだろうな。あるいは、親しい人と離れ離れになることがトラウマになったのかもしれん」


「……あいつにもいろいろあるんだな」


「竜人族は生まれつき体が丈夫で魔力も強い。容姿も優れているし、ドラゴンから採れる素材は高価で取引されるから貧困にあえぐこともない。だから、かえって苦境には弱い。特に女性はヒステリックで一旦火が着くとなかなか収まらない」


「……俺にできることはないって言いてえのか」


 ラグナの声に苛立ちが混じる。


「違う。貴殿が気を病まなくてもいいと言っているんだ。寄り添う者まで堕ちてしまえば、当の本人を孤独から引き上げることなどできやしない」


「だが当の本人がいるところまで潜らなくちゃ手を取れねえだろ」


「ふっ、一理あるな」


「……ところでイクサスさん」


「イクサスでいい。敬語もいらん。なんだ?」


「わかった。じゃあ、イクサス。さっきから一人で何やってんだ?」


「何って、腕立て伏せだが」


 門番の仕事は、重要だが退屈だ。四六時中客が訪れるわけでもなければ、野盗や他国の犯罪者といった外敵が押し寄せてくるわけでもない。


 そもそも天下の竜人族に身の程をわきまえず喧嘩をふっかけてくるような馬鹿はこのドラグナー山脈の過酷な環境を乗り越えられはしないだろう。偶然ドラゴンと出くわすことすらあるのだ。己の力を過信している者は十中八九死ぬ。


「今、何回目?」


「さあ? 数えてないからわからない」


「よくやるな」


「鍛えておいて損はなかろう。それにユイが探しに行ったドラゴンのことも気になる」


「足跡を見つけたけど、すごいデカさだったぜ」


「やはり注意しておかねばな……」


 村を守るのがイクサスの仕事だ。脅威が迫れば真っ先に立ち向かわなくてはいけない。もちろん、そんなことが起こらないのが一番いいのだが。


「……なあ、俺も体を動かしたい」


「できないのか?」


「小走りするのがやっとだ。それだけでもすぐに息が切れる」


「不思議なくらい体力が戻らないな。何か心当たりは?」


 ラグナは首を横に振る。


「そうか。魔力は使ってないんだろう?」


「ああ」


「休息は?」


「飯はちゃんと食ってるし、夜もたっぷり眠ってる。散歩も毎日欠かしてない。びっくりするくらい健康的な生活を送ってるよ」


「ふむ……」


 大抵の人間はラグナが語った生活を一週間も続ければ全快する。ラグナの魔力が尋常ならざるものだとしても、ここまで回復が遅いのは妙だ。その一方で傷は完治しているというのがまた謎だ。


「イクサス、誰かくる」


「む?」


 腕立て伏せをやめて立ち上がる。門から延びる緩やかな上り坂の頂上に目を凝らす。


「……誰もこないぞ?」


「もうすぐだ」


 五秒後、上り坂の頂上に黒い人影がぽつんと現れた。


「本当にきた」


「な?」


「どうしてわかった?」


「なんつーか、気配で。どこに誰がいるのか、そいつが自分にどんな意識を向けているのか、なんとなく直感的にわかるんだよ」


「は……?」


 何気ない素振りでなんてことを言っているんだ、この男。


「……その能力は戦いを極めた者しか持ち得ないものだぞ」


「そうか? 悪意なんて特にわかりやすいぜ。砂で肌をこすられてるようなザラッとした感覚が伝わってくる。あ、いや、敵意と言ったほうが正しいかな。ルビーと戦ったときがそうだった」


 無意識か、自分の胸元にそっと触れるラグナ。


 服で隠れているため見えないが、そこにはルビーにつけられた深い爪痕がある。


 その具合はかなりえげつないものだ。何せ削がれた肉の隙間から胸骨や肋骨が覗いていたのだから。


 あの日、ユイに連れられてやってきたラグナが門の前で倒れた際、ルイの外科手術を手伝ったから知っている。ルイが返り血にまみれながら必死に手術していた光景は衝撃的で、久々に血を怖いと思った。死を間近に感じた。手術の手伝いなんかするんじゃなかったという後悔さえ湧いた。


 あの大手術を汗だくになりながら成功させたルイも、あれだけの傷を負いながらほんの数日で歩き回れるようになったラグナも、もはや一種の超人だ。尊敬と畏怖の念を抱かざるを得ない。腕っ節では負けるはずもないが、同じことが自分にできるのかと問われたら、それは──


「とにかく貴殿が手練れであるのは確かだな」


 思考をそこで打ち切った。できないことをくよくよ悩んでいても仕方ない。大切なのは己の使命を全うすることだ。そしてイクサス・ドラグナーの使命とは、門番の役目を果たすことだ。


入村(にゅうそん)手続きの書類を取ってくる。あの旅人がきたらここで待っているよう伝えておいてくれないか」


「わかった」


 ラグナがうなずいたのを見て、イクサスは門の脇に作られた小さな小屋に入った。ここが事務所だ。


「あー、ノートが埋まっているな。新しいのはどこだったか……」


 村の出入りに関する記録は逐一ノートにまとめているのだが、ちょうど一冊を使い終えてしまっていた。確かまだ予備が残っていたはずだ。棚や引き出しを調べる。


 ──そのとき、


「うわぁあぁああぁぁああぁあっ!?」


 外で、悲鳴。


「なんだ、敵襲か!?」


 イクサスは事務所を飛び出すと同時に状況把握を試みる。


 周囲に敵影なし。


 魔力の気配もない。


 噂のドラゴンが襲ってきたというわけではないようだ。


 しかし、先ほどこちらに向かっていたはずの旅人が駆け足で来た道を引き返していた。まるで何かから逃げるように。


「ラグナ殿、いったい何があった!?」

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