情緒不安定
「…………」
右手を前に出す。
ありったけの魔力を込める。
展開するは『炸裂』の魔法陣。
同時に熱波が吹き荒れて、辺りを一気に赤く染めた。
威力と照準を調整。
この距離なら確実に〝虫〟だけを仕留められる。
〈ユイ! 落ち着いて!〉
「黙ってて」
私のラグナさんに擦り寄る醜い〝虫〟どもめ、今、灰にしてやる。
〈くっ……ラグナ!!〉
ぐぉぉぉぉ! とルビーが吼える。
一人と〝二匹〟がこちらを向く。
「ルビー? ──なっ!?」
「げっ」
「ちょっ」
〝二匹〟がラグナから離れた。ラグナの体に這わせていた意地汚い手を後ろに隠した。
だが、もう遅い。
二度と彼に触れられないようにしてやる。
「まとめて消し飛べ。────『炸』……」
「バカ野郎!!」
「っ」
強い魔力を感知。
直後、ラグナの姿が消え、
「あ……」
気づけばユイは、彼に抱きしめられていた。
「何いきなりぶっ放そうとしてんだ! テメェの身内を殺す気か!」
ラグナが怒鳴った。本気で怒っている。
嫌だ、怒らないで。
「で、でも、こうしないと、私からラグナさんが離れていっちゃう……」
そんなの嫌だ。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!」
だから、奪おうとするなら、誰であっても始末しないと。
身内であろうとなんだろうと、消し炭にしておかないと。
そうしないと、安心できない。
「落ち着け、ユイ」
ラグナはユイを強く抱く。
「俺はどこにも行かねえ。おまえ以外を好きになることもねえ。おまえは俺の唯一だ。だから心配すんな。……あの人たちのイタズラを突っぱねられなかったのは悪かったけどよ」
頭を撫でられる。父よりはぎこちないが、とても優しい手つき。憤怒が、嫉妬が、焦燥が、それだけであっという間に溶けて、丸ごと幸福感に変わる。
ユイは腕を下ろした。
魔法陣も霧散する。
「ごめんなさい」
「謝るならあの二人にだろ?」
「……うん」
二人の前まで行き、深く頭を下げる。
「ごめんなさい」
「ううん、私たちのほうこそごめんね。男の人が村にくるのは珍しいし、ユイの恋人だから、ちょっとからかいたくなっちゃったんだ。やりすぎた。ほんとにごめん」
「わ、私も……。絶対こないだろうなってわかってたからあんなこと言っちゃったの。デリカシーがなさすぎたわ。ごめんなさい」
二人も頭を下げた。それから、三人で笑顔を交わした。
許してもらえてよかった。許せてよかった。ラグナが止めてくれなかったら本当にこの二人を殺していたかもしれない。
〈ユイ! ラグナが!〉
「えっ!?」
安堵しかけたところで、ルビーの声に振り向く。
ラグナがぐったりとうなだれ、服の襟をルビーに咥えられることでかろうじて立っている状態になっていた。
「ラグナさん!? いったいどうしたんですか!?」
〈わからない! 急に倒れたんだ!〉
「あ……ああ……!」
「ユイ、ちょっとごめんね」
金髪の飼育係がラグナに近づき、額に手を当てたり首筋に指を当てたりする。そのあいだに、茶髪の飼育係が後ろからユイの両肩に手を置く。
「ん、見たところただの魔力切れっぽいね。しばらく寝てれば治るよ、絶対」
「さっきの動き、すごかったものね。きっとかなりの魔力を消費したんだわ。休憩室に運びましょう」
「ラグナさんは……死なないですか……?」
「死なない、死なない。魔力切れなんて誰にでも起こりうることだし」
「また彼に触れるけど、今度は許してね?」
二人はラグナを左右から支える形で運んでいった。
「…………」
未遂とはいえ『炸裂』を撃とうとしたのに。申し訳なさと感謝がごちゃ混ぜになって涙が溢れてくる。鼻水も出てきた。ユイは動けず、その場に立ち尽くす。
〈ユイ、泣かないで。ラグナが起きたら悲しむよ〉
ルビーも悲しそうな顔をする、契約紋を通じて感情が伝わってしまっているようだ。でも、今は上手く接続を切れそうにない。
「やっぱり自己チューでヘタレで泣き虫だね、私」
〈強情なラグナにぴったりさ。さあ、行っておいで。また今度、二人が元気なときに会いにきてよ。待ってるから〉
「……うん」
ポケットに入れておいたハンカチで顔を拭う。
それから、駆け足で休憩室に向かった。