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緊張が解けて

「見えましたよ! あれが私の故郷──ドラグナー村です!」


 ユイが指差した先。高く険しい山々にぐるりと囲まれた村があった。


 巨山を上からくり抜いたような形の山々は、遠目からでは見えにくい細さの切れ間を持ち、そこに門を構えている。村全体にオレンジ色の光が点々と並び、そこに住む人たちの営みを示している。


 風が冷たい。陽が落ちたのもあるが、血や汗で服が濡れているから余計にだ。ルビーが一歩進むごとに起こる揺れも具合の悪さを増長していた。


 ラグナは温かさを求めてユイの背中にすがりつき、帰郷を喜ぶ彼女自身には「そうか」と短く応える。


「へえ、意外と小さい村なのね。もっと栄えてると思ってた」


 コクトーが言った。


「竜人族は数自体が少ないですからね。世帯数なんか十にも満たないですよ」


「ってことは、一つの世帯に親が二人と子供が一人の計算で、だいたい三十人くらい?」


「そうですね。そのうち子供は私と私の妹だけです。あ、でも契約したから私も大人の仲間入りですねっ」


 ふんす、と鼻を鳴らすユイ。コクトーが「そーね、もうオトナね」と軽く流した。


「ラグナさん、もうちょっとの辛抱ですよ。大丈夫ですか?」


「ん、ああ。平気だ。見た目ほど悪くない」


「あんたいつまで強がってんの? 皮膚の下ボログチャなんでしょ?」


「平気ったら平気だ。だから心配するな。これくらいの怪我、飯食って寝てりゃ治る」


「ごはんなら任せてください! 料理は得意ですから! あ、あと……添い寝なんかもしちゃったりして。きゃー! ラグナさんいくら私が可愛いからっていきなりはだめですよぅ! 私は添い寝してるだけなのにぃ!」


「なんてスムーズに妄想世界へ行くんだこいつは」


「もはや尊敬の念を覚えるレベルね」


 そんな与太話をしているうちに、門の前に着いた。


 木製の大きな門だ。人の手ではとても動かすことはできそうにない。その巨大さに圧倒されていると、ユイが「元々ドラゴン用に作られたんですよ」と解説してくれた。


「イクサスー! ただいま戻りました!」


「ん……」


 門の前に誰かが立っていた。松明に照らされ、影を長く伸ばしている。門のほうが印象深くて、ユイが話しかけるまでそこにいることに気づかなかった。


 人型のドラゴンだ。身長は明らかに二メートルを超えている。丸太のように太い腕を組み、門の戸にもたれかかってうつらうつらと船を漕いでいた。全身に青灰色の鱗を持ち、衣類は長い前垂れのついた腰巻のみ。両翼は折りたたみ、尻尾は第三の足としてその巨躯を支える。


「……ユイ? ユイじゃないか! おまえこんな時間までどこに行ってたんだ! みんな心配したんだぞ!」


 門番──イクサスが縦割れ瞳孔の瞳に怒りの色を浮かべた。かなりの迫力だ。


 しかし、ユイは少しも怯まずへらへら笑い、


「まあまあ、無事に帰ってきたんだからいいじゃないですか! それより見てくださいよ、このドラゴン! 我が人生初の契約竜、ルビーちゃんです!」


「おお、ついに契約したのか! おめでとう! これでおまえも一人前だな!」


「えっへっへー。赤くて綺麗で可愛いでしょう? きっと美人に育つこと間違いなしです! 契約者の私と同じくね!」


「自分で言うなよ……。まあ、ドラゴン探しのためだったというなら、これ以上オレからは何も言うまい。よく無事に帰ってきたな。おかえり、ユイ」


「はい! あと、もう一つ報告があるのですが……」


「何?」


「ようやく出番ね、ラグナ」


「ああ」


 ルビーが、ラグナとコクトーの姿がイクサスに見えるよう、横を向く。


「貴殿は?」


 イクサスの目が細まる。わずかな敵意を感じる。なるほど、ラグナがユイに密着しているのが気に入らないらしい。得体の知れない男がいきなり村の娘にくっついて現れたのだから、当然といえば当然だろう。


「俺は──」


「ラグナさんです! 私の代わりにドラゴンと戦ってくれた恩人です!」


 今言おうと思ったのに……。出鼻を挫かれたラグナはルビーから転げ落ちそうになる。イクサスも呆れたような顔をした。


「そして、私の夫となる人でもあります」


「は?」


 イクサスの目が丸く見開かれた。


「私たち、結婚します!」


「ハァ!?」


 今度は顎が外れかねないほど大きく開かれた。


「ち、ちょっと待て。いろいろ急すぎてついていけん。契約竜を見つけて、恋人も見つけたと?」


「はい。何か問題でも?」


 あっけらかんとするユイ。


「おまえというやつは……」


 がっくりと肩を落とし、イクサスは、


「どうしていつも周りに相談せず何もかも一人で決めてしまうんだ。毎度毎度、肝心なことを後になってから聞かされる身にもなってくれ。対処しきれない」


「ごめんなさーい。反省してまーす」


「謝る気ないだろ!」


 ラグナもそう思った。おそらくコクトーも同感だ。


「そろそろしゃべっていいか?」


「あ、はい、どうぞ」


 ラグナはあらたまってイクサスを見る。


「初めまして、イクサスさん。俺の名はラグナです。縁あってユイリールさんとは恋仲になりました。以降よろしくお願いします」


「ブハッ! ラグナが敬語使ってる! 似合わなさすぎてウケるんですけどー!」


「……で、このバカ笑いしてる性悪刀がコクトーです」


「最強の神器・コクトーよ! よろしくぅ! ぷくくっ」


「いつまで笑ってんだテメェ」


 柄尻を小突いてやりたいところだが、体力が惜しいのでやめた。


「すみません、お恥ずかしながらルビーとの戦闘で軽傷を負ってしまいまして。どうか村で休ませてもらえませんか? ……邪魔だというなら怪我が治り次第、速やかに出て行きますから」


「はぁ!? 出て行く!? 本気で言ってるんですかそれ!」


 ユイが鬼の形相で噛みついてきた。そんな勢いでくるとは思っていなかったから、ラグナは驚きを隠せず、顔にかけられた唾にも反応できず、小さく跳ねた。……なぜだろう。怒られたことがとてつもなく胸に響く。ぶっちゃけ泣きそうだ。


「落ち着けユイ。今のは彼なりの遠慮だろう。それに、こちらとて怪我人を放っておくほど非情ではない。ましてやユイの恩人ともなればな」


「当たり前です! たとえ村人全員が反対したってラグナさんは連れていきますよ! 逆にラグナさんが村から出て行くことになったら何がなんでもついていきますからね!」


「愛されてるわねぇ、ラグナちゃん?」


「茶化すな。あと〝ちゃん〟付けするな気色悪い」


 でも、おかげで暗い気持ちが吹き飛んだ。相手がコクトーでなければ礼を言っていたところだ。


「それでは門を開ける。少し待っていてくれ」


 イクサスが左右二枚の戸に両手を当て、


「む……ぅ!」


 つま先で踏ん張りながら前進する。


 戸はゴゴゴと地響きのような音を立てて動き出す。


 すごい、あんなに大きな門をたった一人で開くなんて──ラグナは呆然とその光景を眺める。


 そうして、ちょうどルビーが通れる程度の幅が生まれたところで、作業は止まった。


 イクサスは門とルビーを見比べる。


「うむ、これくらい開けば問題なく通れるはずだ。では次にコクトー殿を預からせてもらう。外から持ち込まれた武器は番人であるオレが管理する決まりになっているのだ。悪く思わないでいただきたい」


「むしろ助かります。こいつ、めちゃくちゃ重いから」


「あ? 今なんつった?」


「見くびってもらっては困るな、ラグナ殿。今のを見ただろう? たかが刀の一振り、指の力だけで持つことすらオレにはたやすいものだ」


「おい無視すんな。あんたらいい度胸ね? ぶった斬るわよ」


 やれるもんならやってみろ。そう思いながら片手を差し出してきたイクサスにコクトーを渡す。


 そして、ラグナが手を離した瞬間、


「うおっ!?」


 イクサスの体が一気に沈んだ。


 コクトーの刃先が地面に埋まった。


「な、なんだ……? オレは『脱力(ウィークネス)』をかけられたのか?」


「大丈夫ですか? やっぱり俺が持ち運んだほうが……」


「いや、それには及ばん。見た目と重さのギャップに少々混乱しただけだ」


 柄を両手で握る。


 コクトーを普通の刀みたいに持ち上げる。


「ふぅ……ちゃんと力めば問題ないな」


「おおー、さすがイクサス」


 ユイがぱちぱちと拍手した。


 イクサスはそれを鼻にかけるでもなく、


「竜人族の男を舐めてもらっては困る」


 と言った。


 しかし、口元はわずかに緩んでいた。


「あとはルビーのことだが、オレが竜舎まで連れていこう。ユイはラグナ殿と一緒に家に帰れ。怪我のこともあるし、何より家族が心配している」


「そうですね。ルビーちゃんのこと、よろしくお願いします。降りましょ、ラグナさん。ここからは歩きですよ」


 ユイが先に飛び降り、ラグナの手を引く。


「おい、怪我人なんだからもう少し優しく扱え」


 動くことで発生する痛みを奥歯で嚙み殺しながら滑り降りる。着地。その衝撃で激痛にさいなまれたが、それも噛み殺す。ユイの前でなければ絶叫していただろう。


「……! なんだその傷は!」


 ふらつかないよう最大限の注意を払って立ち上がると、イクサスが血相を変えて叫んだ。ユイがびくりと肩を上げる。


「これのどこが軽傷だ! どう見ても瀕死の重傷だろう! クッ、おかしいと思ったんだ! 子供とはいえドラゴンと戦ってタダで済むはずがない! 急いでルイさんを呼んでくるんだ!」


「え、あ、え……?」


「何を呆けている! さっさと行けっ!」


「は、はいっ」


 ユイがとても女の子とは思えないスピードで門を通り抜けていった。


「イクサスさん、あんな言い方しなくても……」


「貴様もだ、たわけ! ……っと、すまない。大声を出しては傷に障るな。いやしかし、どうしてそんな大怪我をしていながら平然としていられる? 痛みは感じないのか?」


「痛いですよ、とても。でも無闇に痛がるとユイが不安になりますから」


「……呆れた。強がりにもほどがある。はっきり言ってバカとしか思えない。しかもその体でコクトー殿を担いでいただなんて、もはや自殺行為だ」


「ほんとよねー、わたしも同じこと思ってたわ」


 コクトーがのんきに言う。


「だったらなぜ対処しなかった? ルビーに持ってもらうとか、いろいろできたはずだろう」


「わたしは神器であってこのバカの保護者じゃないもの。自分がそうするって決めたんだから邪魔する理由はないわ。わたし自身が損するわけでもないし」


「……貴様、なかなかの外道だな?」


「刀に人の道を説かれても〝馬の耳に念仏〟ってやつよ。もしくは馬耳東風。もっとも、お馬鹿(うま)さんはラグナのほうだけど」


 最後の言葉はまぎれもなくラグナに向けられていた。あからさまな挑発。……この性悪刀め。


「テメェ、さっきから黙って聞いてりゃ人のことをバカだバカだと──」


 一歩、前に踏み出す。


 たったそれだけで、ラグナは立っていられなくなった。


「ぁ……」


 地面が迫る。


 このままぶつかったら死ぬほど痛いだろうな。


 そんなことを考えていると、イクサスの太い腕に受け止められた。


 なるべく衝撃がないようにしてくれたみたいだけど、それでもかなり痛い。


「ああ……そうか……」


 体に力が入らない。


 その理由は、すぐにわかった。


 近くにユイがいないから──強がる必要がないからだ。


「ラグナ殿。貴殿はよくがんばった。ユイのために命がけで戦ってくれてありがとう。村の一員として、あの子の兄貴分として心からの礼を言う。だからもう休め。どんなに強い戦士にも休息は必要だ」


「…………」


 うん、と返事したつもりだったが、声は出なかった。


 そのまま、ラグナは、眠りの闇へと、堕ちた。

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