退却の旅
戦場での一夜が開けた。
俺達は、夜の間に周りを警戒しながら歩き、ゆっくりとではあるが着実に、あの最初に出発した街に近付いている。
夜明けの前に、ユニコーンも隠れる事ができそうな小さな茂みを見つけたので、リッカの提案により、俺達はそこで日没まで隠れ、休む事にした。
皆、茂みの中に腰を下ろす。エレンさんも、リッカがユニコーンから降ろし、休ませる。
「ふう……」
腰を下ろしたら、何か、俺はすこし安心した。
もちろん、一日歩いて来ただけで、まだ安全地域まで全然来てはいないし、出発した街までは、行きが3日以上かかったんだから、帰りももちろん、あと3日位はかかるはず。
でも、戦場からはかなり離れた。こんなとこまで、敵が俺達を追ってくる事は少ないんじゃないかな?
「油断は禁物だが、このあたりまで来れば、多少は安全だな」
おっ、バッツさんがそう言ってる。やっぱり、俺の感覚で大体合ってるようだ。
「そうだな。普通、追撃するとしてもその日の夜までだ。もう一夜過ぎた事だし、バラバラに逃げた兵をここまで探しには来ないだろう」
リッカさんも、同意見のようだ。
「夜マデノ間、交代デ見張リヲシヨウ。マズハ、空カラ見張レル俺カラダ」
そう言うと、魔族のべミオンがフワリと宙に浮いた。
「有難うございます。助かります」
ゴーレムマスターのディオスが、丁寧に礼を言う。べミオンは軽く手を上げると、ふわふわと飛んで行き、茂みの上から頭だけ出して、見張りを始めた。
さて、今のうちだ。また夜には移動を開始する。しっかり休んでおこう。
それぞれ、持って来ている携行食を食べて、べミオン以外の皆は休み始めた。携行食は、一応、3日分持って来ている。他の皆も大体同じだろう。何とか帰るまで持つはずだ。
二時間おきに見張りを交代して、俺達は休んだ。途中、敵の接近等も無く、無事に日没を迎えた。さあ、また今から移動の時間だ。
「すっかり魔力も回復したわ。もう大丈夫。あとは私の回復魔法で治せるから」
エレンさんが、出発前に回復魔法で、自分の足と脇腹の傷を治す。脇腹の方はもう完全に治ったようだ。足の方は……うん、大丈夫だ。
「うん、それならば良かった。私の魔力の方は、いざという時のために温存できるな」
「魔力が切れると大変だからね」
そうやって答えるエレンさんにも、笑顔が戻って来たようだ。良かった。
そういえば、俺も休んで魔力が回復したはずだ。チョコレートを出してみよう。
……っと。おやおや……?
チョコを何個か出せるな。えっと……おお、10個も出せたぞ。凄いな。何でだろう?
「レベルが上がって、魔力が増えたみたいでゲスね」
横から見ていたアドンが教えてくれた。ああ、そうか、あれだけ激しい戦いを生き残ったんだ。そりゃあレベルくらい上がるか。
とりあえず、皆に食べてもらおう。
「みんな、チョコレートがあるけど、食べないか?」
「おっ、ありがてえな。1つもらうぜ」
モゲロさんがそう言って最初に一粒取ると、皆も、なら私も、という感じで1つずつチョコを取る。
女性の二人には、2個ずつあげた。レディーファーストだ。
「すまないな。私達だけ」
そんなことを言いつつも、リッカさんの顔は少し嬉しそうだ。
「ユータローは、魔法でチョコが出せる、変わったやつなんだよ」
リチャードが、俺の代わりに説明してくれる。俺は、チョコを出せるというこの魔法を、特に隠すことなく周りにも教えていた。だって、別に隠すこと無いよね?
「何でしょうね、それは……私も聞いたことがありません。べミオンさん、どうですか?」
「魔族デモ、ソンナ奴ハ見タ事無イナ……面白イナ、ソレ」
魔法を主に使うディオス、べミオン両氏は、興味津々だ。
そんな感じで、今日の夜は昨日とは変わって、色々とおしゃべりなんかもしながらの、何かちょっと楽しい移動になった。
皆が話してるときに、ちょっとウインドウを開けて自分のステータスを確認してみると、レベルが4に上がっていた。なる程、結構戦ったからな。
所で、皆と話していて、ふと疑問に思った事があったので、リッカさんに聞いてみた。
「ユニコーンナイトって、何で女の人ばっかりなんです?」
するとモゲロさんが、お前知らないのか? と言わんばかりに俺に横槍を入れてくる。
「そりゃあお前、女しかユニコーンに乗れねえからだろうがよ」
あー、そうなんだ。なるほど。
リッカさんも、その答えに補足する。
「ユニコーンと言うのは、普通は気に入った女しか乗せないのだ。だから、我等ユニコーンナイトは、それぞれ自分専用のユニコーンがいる」
「だから今、私がロブくんに乗せてもらってるのは、このロブ君が今だけ特別って事で、許してくれてるからなのよ」
ユニコーンの上から、エレンさんも教えてくれる。
なるほど、戦いに負けて、怪我人のいるような緊急事態だったから、今は特別って訳ね。となると、ユニコーンって、結構賢いな。
そこで、ディオスさんも会話に入ってくる。
「普通はね、前線に立つのは男だけど、まあ、これは力とか体力の面で男が強いからね。差別とかじゃなく、事実として。でも、ユニコーンナイトは、さっきの事情で、女性だけしかなれないんだよ」
「なるほど、知らなかったよ。女性だけなんだな」
俺がそう言うと、そうそう、と皆がうなずいた。
「あとは、女が向いているところと言えば、魔法関連だ。女の方が全体的に魔力は高い」
バッツさんからも、そんな事を教わる。
「あ、でも、自分みたいに、男でも魔法関係の部署に入る事もありますからね? 私は魔力が結構高かったですから」
なるほどねえ。勉強になるわな。
その後はリッカさんが、ユニコーンナイトになるためにどれ程の訓練を受けたか、等をつらつらと話したりしてるうちに、夜が明け始めた。
手近な茂みを探し、休みを取る。
もう、戦場からはだいぶ離れたな。国境まで、あと少しという所まで来ている。今夜の移動で国境を越えるだろうな。そうなったら、もう安心と言ってもいいかもしれない。
「今日は、まず私が見張りをするわ。私だけロブ君に乗ってて休めたから」
そう言うと、エレンさんは見張りを引き受けてくれた。怪我の方はもう問題ないようだ。
俺たちは、エレンさんに見張りをお願いすると、また携行食を食べ、俺がまたチョコレートを出して……
おっ、今日はチョコレート、11個出せるな。やっぱり、この力、使うと鍛えられるわけだ。最終的には、何個出せるようになるんだろうな。
チョコレートは、昨日と同じく、女性に2個と男性に1個ずつ、で、あまった一個は、ユニコーンのロブが欲しそうにしてたので、上げることにした。リッカさんも、「お前、そんなのが好きだったのか?」と意外な顔をしてた。
さて、そんな感じで、俺たちは比較的リラックスした状態で、茂みの中で休んでいた。天気が晴れで、本当に助かってる。
そして、俺がぐっすり寝てしまっていた昼前に、異変は起こった。
最初にそれに気付いたのは、エレンさんと交代して見張りをしていた、バッツさんだった。
「おい、皆……起きろ!」
バッツさんが、慌てて皆を起こす。
「ん……ん? はっ!」
俺は、疲れていたのか、眠りが少し深くて、反応が少し遅れてしまった。戦場からはだいぶ離れたとはいえ、ここはまだ敵国だった。いかんいかん。
周りを見ると、もう皆起きていた。皆、一方をじっと見ている。
俺も見てみると、敵国の方向から、何やら土煙のようなものが見えている。
「あれは……ニイガタ王国軍だな。どこかに進軍中のようだ」
モゲロさんが、口を開く。
「うむ……我々に向かって来ている、と言うわけでは無さそうだな……だとすると……我が国に攻め込もうとしているのか?」
そう答えるのは、リッカさんだ。
「トニカク、ココデ隠レテ、ヤリスゴソウ。イマ出テイッテモ、ドウニモナラン」
うん、べミオンは冷静だな。俺もそう思うわ。
幸い、敵は茂みに隠れている俺達には気付かないようだ。俺達から離れた所を、ヤマガタ王国の方へ向かって進軍して行く。
距離があるので、はっきりとは分からないが、結構な数だ。でも、ヒドラみたいなやつはいないように見える。
しばらくじっとして見ていると、敵は土煙を上げて通り過ぎていった。
「攻め込もうとしているのは、サカタの町じゃないか? あそこは以前はニイガタ王国の町だったから、ヤマガタ王国を撃退したこの機会に取り返そうとしているのでは……?」
サカタの町って言うのは、俺たちが出撃してきた町の名だ。何日かしか居なかったからうろ覚えだけど、確かそうだった。
モゲロさん、心配そうだ。多分、家族がそこにいるからだろうな。敵が攻めてこようとしてるのであれば、心配なのは当然だ。
「うむ、恐らくそうだ。ニイガタ王国は反撃に出たに違いない。となると、こちらも急いだほうが良い。できるだけ早く町に戻ろう」
リッカさんが、焦り気味に立ち上がる。そのリッカさんの肩を、バッツさんが掴んだ。
「焦るのは分かる。だがな、急いで行ったとして、まだ一日以上はかかる。疲れ切った状態では、戦闘で無駄に死ぬだけだ」
「くっ……」
「とは言え、急ぐのは賛成だ。それに、さっきの敵の進軍で分かった。俺たち敗残兵狩りは、もう行われてない。敵の目的は、サカタの町の奪還一つだろう。だから、今日は少し休んだ後、早めに出発しよう。夜を待つ必要はもう無いはずだ」
そんな二人の会話を聞きながら、不謹慎にも、俺はこの二人をを『かっこいい……』などと思っていた。
血気にはやる味方の肩を掴んで、「待て、まだ行くのは早い」とか言っちゃって、「くっ……」とか、言わせてみたいよ、俺も。
うん、決めた。今決めた。俺の人生の目的。と言っても、メインの目的じゃなくて、あくまでもサブの目的だけど。
この世界で、カッコいいシチュエーションを作り、そしてカッコいいセリフを決める。これにしよう。うん、これが良い。
「ふっ、奴は四天王の中でも最弱……」のくだりは、いつか是非言ってみたい。この世界なら……出来るっ! きっと言えるチャンスが来る! 俺はそれを信じる!
そんな俺を尻目に、残りのメンバーさん達7人は、今日はいつもより早く出発する事を決定していたのであった。