敗走
畜生、退却だ! こんな所で死んでたまるか! 逃げ切ってやる!
全軍退却だ。完全に軍が乱れている。しんがりなど居るはずも無く、皆がそれぞれ、元来た方にバラバラに逃げる。
敵も、すぐに追撃してきた。ヒドラはどうやら鈍足らしく、追いかけては来ないが、敵の飛竜が空から、そして陸上からはオーガ、そして数は少数だが、馬に乗った騎士が追いかけてくる。
俺たちの方にも、馬に乗った騎士が追いかけてくる……ヤバい、どんどん追いつかれる。
「調子に乗って一騎で追撃してくると……こうだっ!」
俺の横を走っているバッツさん(30歳・バツ1)が、いきなり振り向くと、騎士の方に走っていき、横を通り過ぎざま、馬の脚に剣で切りつけた。バッツさんの急な反転に、騎士は反応が遅れる。
バランスを崩す馬。そして、上に乗ってた騎士は、勢いよく落馬した! すかさずリチャードが剣で一撃。敵を討ち取った。
「ハァ、ハァ…… ざまあ見ろ。行くぞ、急げ」
バッツさんが、皆に促す。バッツさんを含め、俺たちも皆、ここまでずっと走ったせいで、息が切れている。急いで走ってるしな。俺ももう体力の限界まで走っている。でも、それを続けないといけない。出来るだけ遠くに逃げなければ。
敵の騎士の止めなんか、刺してる場合じゃない。息を切らせながらも、俺たちのユニット5人で、走って逃げる。
追手は、次々に俺たちに襲い掛かってきた。今度は後ろから別の騎士が2騎。今度はヤバい。
追いつかれる……
そう思った瞬間、どこからか魔法が飛んで来て、敵の騎士に当たった。魔法を受けた騎士が、バランスを崩して落馬する。残りの1騎は、単独で突っ込むことの危険を知っているのか、落馬した騎士を助けるべく、馬から降りている。
「大丈夫か! お前たち!」
声のする方を向くと、そこには、1騎のユニコーンナイトがいた。先程の声は、このユニコーンナイトの女騎士のものであった。ユニコーンナイトの女騎士は、こっちに駆け寄ってくる。
「ありがてえ、助かったぜ」
モゲロさんが、ダンディな声で女騎士に礼を言う。
「礼は後だ。一緒に逃げるぞ! 行こう!」
女騎士は、既にユニコーンの背中に、もう一人の女騎士を乗せて走っていた。そっちの方は、怪我を負っているようで、意識も絶え絶えなのか、元気がない。俺たちソルジャーのユニットは、このユニコーンナイトと一緒に逃げ続けた。
近づいてくる敵には、ユニコーンナイトの女騎士が、魔法でけん制する。その間に、俺たちは必死で逃げた。
と、今度は、空から飛竜が近づいてくる。いきなり空から急接近してきた飛竜は、ソルジャーの1人を爪で鷲掴みにすると、空中に飛び去って行った。ユニコーンナイトが、魔法を撃つ暇さえ無い。
一瞬の間に、一人やられた……!
俺の背中に、何とも形容出来ない、寒いものが走る。さっき飛竜に捕まっていたのが俺だったら……そう思うと、恐怖のせいか、何か涙が出てきた。ひょっとしたら、下の方もちょっとちびったかも知れない。
別の飛竜が、近付いてくる。
「くそったれが!!」
走りながらも、バッツさん、モゲロさんの二人が、矢を弓につがえ、近付いてくる飛竜に放った。
ユニコーンナイトを狙おうとしていたのか、近付いてきた飛竜に、放たれた矢のうち、一本が命中、飛竜は忌々しそうに叫び声をあげ、引き返していった。
「あそこの岩場に隠れるぞ! 急げ!」
女騎士が、隠れることの出来そうな岩場を見付け、そこに急いで隠れる。空を飛ぶ飛竜から急いで隠れるため、俺たちは岩の陰に身を隠し、丈の高い草の中に身を伏せた。
「よし、また後でな、お前もうまく身を隠せよ、ロブ」
そう言うと、女騎士は、ユニコーンを放した。 ロブと言う名前のそのユニコーンは、一声いななくと、その場を離れ、いなくなった。
「急がなければ……!」
そういうと、女騎士は、怪我を負っているもう一人の女騎士の手当てを始めた。回復魔法を使用しているのか、怪我した場所--脇腹に手を当てて、何やら言葉を発している。女騎士は、足にも大きな怪我をしており、出血がひどい。
「おい、俺たち、応急処置の道具を持ってるぞ、足の方、手当は必要か?」
回復魔法なんか使えない俺たちは、1ユニットに付き最低一つは、応急処置用の道具一式を持っている。リチャードが女騎士に、足の怪我の方を手当することを申し出た。
「ああ、助かる。そっちは任せるぞ」
女騎士は、リチャードの方を向くと、一瞬ふっと笑って、そう答えた。そしてまた、真剣な表情で怪我した女騎士の方を向き、回復魔法をかけ続けた。
怪我している女騎士も、意識が朦朧としていたのが、回復魔法が効果を発揮してきたのか、徐々に意識が戻ってきたようだ。足の方も止血は終わり、包帯で傷を覆っている。
「すまん、エレン。今の私の魔力では、とりあえず治療はここまでだ。魔力が回復し次第、また治療を始める。今はしばらく、耐えてくれ」
女騎士がそう言うと、怪我を負った方の騎士、恐らく名前はエレンなんだろうな。その女騎士も返事をした。どうやら、回復魔法と応急処置が間に合ったようだ。
「こっちこそ……すなまい。助かった」
俺たちは、そこでしばらく隠れ、夜を待って行動することにした。岩場の陰に怪我人の女騎士を寝かせ、残りは近くの草原にかがんで夜を待つ。
バッツさんが、ユニコーンの女騎士に握手を求め、話しかけた。
「改めて、礼を言う。あんたの助けが無かったら、俺たちはどうなっていたか分からないところだった。俺はバッツ、このユニットのリーダーだ。そして、こちらから順に、リチャード、ユータロー、モゲロだ。重ねて、あんたの勇気に、感謝する」
そんなバッツさんの握手に応えて、がっちり手を握り返しながら、女騎士は答えた。
「味方なら、助けるのは当然だ。私はリッカ。見ての通り、ユニコーンナイトの騎士だ。もう一人の方は、エレン。同じくユニコーンナイトの騎士で、私の戦友だ」
なんかカッコイイな。惚れちまうような男気だな、おい。俺が女だったら、イチコロで惚れるね。相手女だけど。この人、同性から好かれるタイプに違いない。
そんなやり取りをしながら夜を待っていると、日暮れ前に、一人の男がやってくるのが見えた。味方だ。疲れ切って、岩場を横切るように走っていこうとする。
「見たところ、味方だな。声を掛けてみよう」
バッツさんがそう言うと、残りのみんなも頷く。俺がその男の方に近づき、声をかけた。
「おい、お前、ヤマガタ王国だな? こっちに来い。他の味方も一緒だ」
うん、あれだな。俺の声の掛け方には、もう社会人のマナーとか、欠片も無いな。でも仕方ない。今は非常事態だ。負け戦で逃げる途中だ。初めましてとか言ってる場合じゃない。
「あっ……ああ、味方か。分かった。そっちに行く」
その男は、こちらの岩場にやってくると、やっと一息つけたのだろう、崩れるように腰を下ろした。
「とりあえず、声を掛けてくれてありがとう。私はディオス、ゴーレムマスターだ」
ゴーレムマスターか。あのゴーレムを操っていた、魔法使いみたいな人達なんだな。
「ゴーレムが壊されて、私はその壊れたゴーレムの下に隠れ、敵の目を逃れてここまで逃げて来た。夜を徹して逃げようと思っていたところだった。味方がいると、それだけ生き残る率も高まる。よろしく頼む」
見た感じ、ちょっと華奢な感じで、俺より少し背が高くて痩せ気味の、いかにも魔法使いって雰囲気の、賢そうな若い男だ。ちなみに黒人な。髪が短髪で、天然パーマなのが特徴ね。
ここまでまとめると、俺がアジア系、リチャードが白人かアラブ系か、その辺りの人種で、バッツさんとモゲロさんは白人、リッカはすらっとした金髪白人の美人さん、エレンはハワイ系というか、トンガとかサモアとか、あの辺りの感じ。肌が浅黒い感じで、唇がちょっと厚くて、ウェービーヘアって言うの? あんな感じの髪を肩まで伸ばした、こっちも美人さん。そしてディオスは、短髪天然パーマ黒人系……ひょっとしたら南米系かな? あんまり分からないけど、肌は結構黒い。
ハイ、個人的には、エレンさんが好みです。すいませんどうでも良いですね。
さて、日も暮れて、そろそろまた退却を開始しようというとき、またもう一人、味方が通りかかった。通りかかったというか、飛んできたと言うべきか? どうやら、空で戦っていた、あの魔族の1人のようだ。草の影を、いかにも弱った感じで、ふらふら飛んでくる。
今度は、リチャードが声をかけた。
「おい、そこの魔族、味方だろう? 一緒に逃げよう、来いよ」
声を掛けられた魔族は、ほっとした顔でこちらにやって来た。
「助カッタ……俺ハ、ベミオン。魔族ダ。ヨロシク……」
なんでも、退却が始まった後、草に隠れながら、そっとゆっくり飛び続けて、ここまでやって来たらしい。魔族って、外見は人間に似てるけど、頭の上に小さな角が2本ある。あと、肌の色が緑なのな。
これで、俺たち兵士たちは、ソルジャー4人、ユニコーンナイト2人、ゴーレムマスター、魔族、合計8人で退却することになった。
「よし、じゃあちょっと待ってくれ。ロブを呼ぶから」
リッカが、口笛を吹くと、暫くしてからさっきのユニコーン、ロブが現れた。どうやら元気なようだ。無事、どこかに隠れていたのだろう。
幾分か回復し、立てるくらいにはなったが、まだ歩くのが困難なエレンをユニコーンのロブの背に乗せ、リッカがロブの手綱をもち、先導して前に進む。
残ったメンバーが、その後について行くような感じで、夜の移動が始まった。魔族のベミオンは、相変わらずふらふら飛んで付いて来る。魔力があるうちは、歩くのより飛ぶのが楽らしい。
辺りは既に真っ暗で、もう敵はいないようだ。飛竜は、夜はあまり目が見えないらしい。空中から攻撃してくる事は無いだろうという話だ。
皆、先程まで草の陰で休んでいたとはいえ、やはり疲れているのか、誰もあまり話をしない。
そんな中、俺は、アドンの解説を、ひとり歩きながら聞いていた。他の人には聞こえないから、アドンの奴、遠慮なしに大きな声で俺に話しかけてくる。
「今回の一戦、やはり臨機応変な戦略の欠如が敗因でゲスね。あの王子、自分の考えている以外の事が起こると、途端にダメになるタイプでゲスよ」
アドンの話は、まだまだ続く。
「敵のヒドラは、足が遅いでゲス。拠点防衛に適したユニットでゲスね。あのヒドラが出てきた時点で兵を引けば、それほど被害は出なかったと思うでゲスが、あそこでそのまま戦い続けたのがまずかったでゲスよ。
少なくとも、いったん兵を後退させて、ヒドラがまだ来ないうちに、追撃してきた騎兵やオーガだけを先に叩いたあと、ヒドラに攻撃するようにしたら、良かったんじゃないでゲスかね。アッシはそう思うでゲス」
うーん、そうかも知れないな。 まあ、敵がヒドラと一緒にゆっくり進軍してきたら、そうも行かなかったと思うけどね。
俺は、こそこそ声で、アドンに意見を言ってみる。
「俺は思うんだけど、こっちのヤマガタ王国って、安いユニットを沢山揃えるって感じで、敵のニイガタ王国って、比較的高いユニットを、数は少ないけど、それなりに揃えるって感じじゃ無かったか? だったら、単純に数が足りなかった、って言えるんじゃないか?」
アドンは、その意見に対し、うーんと考えて、俺にまた答える。
「そうでゲスね……空も、陸も、もう一歩戦力が多ければ、そもそもこんなにはならなかったでゲスね。ユニコーンナイトは、値段もそこそこで、その割には強いユニットでゲス。今回、戦力として十分だったのは、そことソルジャーだけでやんした。グリフォンとゴーレムを、もっと数多く揃えていれば、多分普通に勝ったかもしれないでゲスね」
そんな感じで、俺とアドンの反省会は続いた。俺たち8人は、夜の間歩き続け、出発した街の方へと歩いていった。