砂と氷
メイファはバルコニーから飛び出して氷の円盤に乗ると、マハールのいる所まで、音も立てずにすうっ……と移動した。二人の距離は、今やおよそ30メートルと言ったところか。
俺たちは、そこから更に100メートルほど離れた所に下がり、二人が対峙しているのを見守っている。
先に口を開いたのは、メイファだ。
「あたしが相手するよ、マハール」
「おう、裏切り者からか、良いねえ。メインディッシュの前に、まずはサラダからって感じか?」
「……あんたはあたしの前に敗れるんだよ、マヌケ。次はない」
「俺がお前に負ける? へっ! そんなわけ無いだろうが。俺のほうが強いのに」
マハールからそう言われ、メイファの口元が引きつく。
「何だと……」
「お前はよ、俺とお前が互角の強さだと思ってるだろ? 実はそうじゃないんだな、これが。花を持たしてやろうと思って、お前にそう思わせていただけだ」
そんなやり取りをしている二人を見て、俺は、今こそあのセリフ……『ゴミみたいなもんかどうか、試してみやがれ!』を言うべきだが、それをメイファに伝えるべきかどうか……などといったことを考えていた。
「だったら、そのお前の強さとやら、見せてみろ!」
メイファはそう叫ぶと、手から氷の大きな球を打ち出した。
「おおっと」
マハールは笑いながら、メイファと同じく、手から砂の塊を出し、メイファの氷の球にぶつける。
ちょうど二人の真ん中くらいの所で、氷と砂はぶつかり、ズジャジャ! みたいな気持ち悪い音を立てて互いに弾け飛んだ。
この音が合図だったかのように、二人の戦いは始まった。
二人の戦闘スタイルは、基本的に同じ。
敵をそれぞれの魔法で攻撃しつつ、敵の攻撃は氷、または砂で作った盾で防ぐ。
お互いに距離を保ちながら、高速で動き回り、敵に攻撃を打ち込み、そして敵の攻撃はある物は避け、ある物は盾で防いでいる。
目まぐるしく二人は空中で動き回っているので、よく見てないと形勢が分からなくなってしまう程だ。
横で見ているアドンは、二人の動きについていけないのか、よく見えてないようだ。
「何か、二人の戦いがよく分からないでゲスね……二人とも動くのが速くって……」
フッ……ここは……あのセリフを言うチャンスだ。
「目で追うんじゃない! 気で感じろ! お前以外は全員見えているぞ!」
よしっ……決まった。
「何でゲスか、気って?」
「えっ? 目で追って見てたらだめなんですか? ユータロー」
すかさずアドンとディオスからのツッコミが入るが、そこは気にしない。
リッカは、俺の言葉を気にも止めず、二人を注視してる様で、何も言ってこない。俺にとっては、こういう反応のほうが……なんだか辛い。
気を取り直し、また前方に目を移す。さて、激しい戦いをしている二人だが……
メイファが、押され始めてないかな? 少しマハールより遅い……かな?
「くっ……!」
メイファが、左手の五本の指から、五つの氷の矢を出し、時間差でマハールに打ち込む。それに対しマハールは、同じく右手から五つの砂の小さな蛇を出して、メイファの氷の矢にぶつけて対応しつつ、左手からも砂の玉を作り、メイファに向けて攻撃した。
その攻撃を、間一髪、氷の盾で防ぐメイファ。
ふむ……あれだな。魔力は互角かも知れないけど、早さと言うか、次の動作への動きのスムーズさに、すこ〜し差があるね。
「くっ……! なんでアンタなんかに……!」
メイファのやつ、マハールに押されて、少し苛立ってる。うーん、スキが出来そうだ……
「俺とお前とじゃあ、実践経験が違うのよ! 俺は常に最前線で戦ってきた! 宮殿でコソコソやってたお前とは違うんだよ!」
メイファが言われてるのを聞いて、何故か横でディオスが、「クックックッ……」とか言って笑ってる。一応、メイファは味方なんだけどな……
リッカの方は、何も言わず、じっと二人の戦いを見ている。
そんな二人を見てるうちに……あっ。
今のマハールの攻撃……メイファに当たったな。砂の球がメイファの足の辺りに当たった。あー、ちょっと血出てるかな? 痛そう……。
これは……なんか負けそうだ、メイファのやつ。声でもかけるか。なんだかんだ言って、死んだらディオス悲しむだろうし。
「おーい! メイファ、もう良いから帰ってこーい! 俺と代わるぞ!」
俺がそう叫ぶと、どうやら向こうの二人にも聞こえたようだ。
「くそっ……この勝負、お預けだからね!」
「負け惜しみか! さっさと逃げ帰れ! 情けない裏切り者め!」
すっごい悔しそうな顔で、メイファは円盤に乗って帰ってきましたよ、これ。
足の怪我は、それほど大したことはなさそうだ。咄嗟に足を氷で覆って守ったっぽい。
さてと……それじゃ、俺と代わりますかね。
あちらさん、選手交代を認めるとは、大した自信なのか、それともそういうポリシーなのか? まあ、どっちでも良いけど。
俺の強さを分かってないな、彼は。




