決戦前
その女性は、朝もだいぶ遅くなった頃にベッドからゆっくりと起きた。
酒場での仕事は、どうしても客が帰るまで店を閉めるわけにはいかないので、夜遅くまでの勤務時間になりがちだ。だからといって、その分昼まで寝てても良いわけでもない。
職場は、一階で酒場、二階では宿屋を経営しているので、宿屋の仕事もこなす必要があった。
その女性は、大きく伸びをすると、寝てる間に少し乱れた髪を手でまとめながら、部屋から窓の外を見た。
二階の一室が、住み込みで働く彼女の部屋になっている。
窓には、植木鉢が置けるように、少しスペースが設けてあるが、そこに一羽のカラスが止まっていた。
しかしよく見ると、このカラス、色がやや茶色がかっている。それに、動きはカラスだが、目玉が動いていない。
「おっ……来たね」
彼女はそう言うと、カラスのすぐ近く、手を伸ばせば届く所まで歩いて近寄るが、カラスは逃げない。
カラスの近くまで行くと、彼女はカラスに向かって話をし始めた。
「……帝国は、もうすぐ出陣するみたい。酒場の客の話だと、今度はマハール、そして、皇帝も直々に出るって話よ。兵はかなり前の戦でやられてるけど、今回は残りの戦力の殆どを投入するらしいわ」
その女性の言葉を聞くと、その奇妙なカラス――偵察用ゴーレム、みえーる君は、羽ばたいて朝の空に消えていった。
そして、その女性――かつて、リチャードの妻であったミカは、またベッドに倒れ込み、仰向けに寝転がって天井を見つめた。
「もうすぐ……もうすぐよ、リチャード。もうすぐ仇をあの人たちが取ってくれるわ」
以前のふんわりとした感じは鳴りを潜め、そこにいたのは、少しやさぐれた感じの、冷めた目を持つ女性であった。
ミカは、この酒場で働きながら、帝国の様子をみえーる君を通し、ユータロー、リッカ、ディオスの三人に伝えていたのであった。
帝国にどうにかして仕返しをしたい、そんな気持ちで引き受けたこの仕事も、決戦が近づく事により、もうすぐ終わりを迎えようとしていたのである。
帝国の様子は、ミカの情報を含め、多くのみえーる君が集めてきた画像や音声となって、逐一ディオスに送られている。
移動用ゴーレムである、第二ゴーレムハイツ102号室のリビングでは、リッカとメイファが、冷蔵庫から持ち出してきた酒を酌み交わしながら、カウンターの所で話をしていた。
少し耳を澄ますと、二人はどうやらお互いの事を話しているようで、メイファが、「あたしは、チュウゴクっていう国で生まれたんだ……」とか何とか、少し酔った口調で言ってるのが聞こえてくる。
リビング中央のソファには、俺とディオスが座っており、ディオスが戦闘用ゴーレムに名前を付けようとしているのを、俺が反対しているところである。
「あのさぁディオス、もう少しカッコいい名前にできないか? その名前はあんまりだろう……」
そう言う俺に、あくまでもにこやかな表情で返事するディオス。
「良いではないですか! ぶっころ君で! 敵をぶっ殺して回るのですから!」
「ぶっころくんって……それはちょっとなあ……」
このままだと、どうやら俺の反対も押し切られそうな雰囲気になっていたその時、ディオスが話を中断した。みえーる君から、なにか新しい情報でも手に入れたようだ。
良かった……。取り敢えずは、名前をつける話は中止だ。
目を静かにつぶり、動かなくなるディオス。そして、少し経つと、スッと怖い感じで目を開け、ニヤリと微笑む。
「クックックッ……どうやら、いよいよ敵は決戦を仕掛けるつもりのようですね……楽しい事になってきましたよ」
ふむ、帝国に新しい動きがあったんだろうな。さあ、どうなる?




