今がその時
その後、俺達はメイファから色々と情報を聞き出したが、帝王ケンイチについては、こちらが予め仕入れていた情報とおおよそ変わらなかった。
「ケンイチは魔獣を操る……それで間違いなかったよな?」
俺が尋ねると、メイファはそれに付け加える感じで答える。
「ええ、そう。人間は操れないんだけどね。ケンイチの力はだんだん成長してきてて、最近では、虫も操れる様になってきてるわ……」
「ディオスの掴んでいた情報では、虫の話は無かったな……」
リッカがそう言うと、ディオスは少し残念そうに口をへの字にする。
「あ……いや、ケンイチが虫も操れる様になってきていたのは、ほんのここ数日の話だから……ディオス様の諜報能力の問題では……」
メイファがディオスを気遣ってフォローを入れるが、ディオスは余計に悔しそうにするだけである。
「ふむ……まあ、ユータローの魔力で問題なく対処は可能てしょう。ユータロー、大丈夫ですね?」
「……そうだな。あいつが何を操ろうが、まあこっちが勝つでしょ」
俺がそう即答すると、メイファが少し驚いた顔で俺に反論する。
「いや、ユータロー……」
「メイファ……この二人にも、様をつけて話しなさい! さ・ま・を!」
ディオスが、途中でメイファの話を切ってしまった。
「ああっ……すいません、ディオス様……気を付けます……」
隷属のネックレスを着けたメイファは、既に手の拘束は説かれているが、心が今度は縛られている感じだな。
「よろしい……では続けなさい」
「はい……ユータロー様、ケンイチの力は強力ですよ? 戦いとなれば強力な魔物や野の獣が、ケンイチに味方して戦います。その中にはドラゴンもいるのですよ? それも一匹じゃありません。それでも問題ないと?」
「うん、問題無いと思う」
俺が鼻をほじりながらそう答えると、リッカがそれを補足する。
「私もそう思う。メイファ、ユータローの魔力は今や規格外だ。恐れる事は無いと言って良い」
リッカのその言葉に、メイファはしばらく言葉を失っていたが、やがてポツリと一言漏らした。
「どんだけ……」
くっ……そうか……そこではそのセリフが言えたか……俺も言ってみたかった……今度機会があれば言いたい……。
俺が苦渋の表情をしているのをよそに、話は進む。
「まあ、今日はこの位でいいでしょう。メイファ、これからは私の諜報活動の手伝いをしなさい。そして、手伝いをしつつ、普段は三人の身の回りの世話をするように。良いですね?」
ディオスがそう言うもんだから、メイファは、「はいっ!」とか言ってやる気充分である。
「あ、いや……私は必要ない。気にしなくても大丈夫だ」
「う、うん……俺も、自分の事は自分でするから……ディオスの分をよろしく頼むよ」
申し訳ないのか、空気を読んだのか、身の回りの世話をやんわりと断るリッカ。なら俺も……という感じで、同じく丁寧にお断りする俺。
「クックックッ……遠慮など無用ですよ? 二人とも。何かあったらどんどんこき使ってやって下さい」
そんな様子を見て、アドンが一言。
「ケケッ、こりゃあ、完全にディオスさんの虜になっちまってるでゲスね」
うん……まあそうなんだが、本人に言うなよ……。
「そう……私には分かる……女には、例え虜でも何でも良いから、男の側から離れてはいけない時がある……今がその時なの……」
メイファもそんなこと言うもんだから、ますます取り返しがつかない。
取り敢えず部屋をどうするか話をして、メイファには応接室をあてがう事に決め、当面は、四人プラス一頭、それとアドンも入れての生活が始まった。
―――
そして、それからしばらく経った頃。
帝国の作戦会議室は、不穏な空気に包まれていた。
万全の体制で、大軍を率いて出陣したテッポウダ・マーが敗北した。しかも、ほぼ全滅と言う醜態。
しかも、帝王・ケンイチの側近の一人、ヤン・メイファが、テッポウダ・マーの軍が敗れた後、連絡が取れなくなった。
運良く逃げる事が出来た兵の話によると、メイファはあの移動用ゴーレムに、例の三人の敵と一緒に入っていったとの事。
メイファの、帝国への裏切りを懸念する声も広がっていた。
今後の対応を検討するためのこの会議であったが、話し合いは不安の声や他人への叱責、責任のなすりつけ合いに終始しており、何かが決まる様子は無かった。
そんな中、帝王ケンイチと、残ったもう一人の側近、マハールは、騒ぎ立てている将軍、参謀達を前に、何かを考えているかの様に黙っていた。
敵が……あの三人が、思っていたよりも遥かに強大であることを、ケンイチ、マハールを含め、帝国の者達は気付き始めていたのである。
やがて、マハールが口を開いた。
「もういい……元はといえば、俺が三年前にあいつらを仕留め損なったのが不味かった。次は、俺が行く」
その声を聞いて、周りで騒いでいた将軍、参謀達は、静まり返ってマハールの方を見る。そして、各々が安堵したかのように口を開いた。
「そ、それは心強い。マハール殿なら、敵を打ち倒せるに違いありませんな!」
「マハール殿が出られるというなら、安心です!」
皆がそう言う中、たった一人、ある男だけが別の事を考えていた。そして、その男……帝王ケンイチは、その考えを口に出した。
「いや……駄目だ。余が直々に出る。マハール、お前が副将だ。こいつら三人は、余が直接手を下す……!」
三人に好き放題にやられた事から、怒りに怒っていた帝王は、遂に自ら出陣する事を決断したのであった。




