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準備が整う

「……しかし、王に戻れと言われても、私にはもう兵も何も有りません……それに……」


 ザコッキーは自信の無い表情で、下を向いて俺達に答えた。


「私が王の器ではない事は、私自身が良く分かっています。三年ほど前、王国の滅亡のきっかけになった戦で、私は指揮を取っていました。あの時に分かったんです」


 ふむ、あの戦ね。


 大方、自分には軍を率いる才能がないとか、そう言う事を言いたいんだろうな。


「あんたに戦の才能が無いのは、俺達も良く分かってるよ。あの時、俺達も戦場にいたからね」


 俺がそう言うと、ザコッキーは少し驚いたのか、顔を上げて俺達をちょっと見たあと、申し訳なさそうにまた下を向いて口を開いた。


「あの時の……貴方達は、あの戦の生き残りの方々でしたか……。すいません、敗戦については、申し訳無く思っています。あれは自分の経験の無さというだけでは、負けた理由の説明が付けられません……」


 何か、試合で負けた監督のインタビューっぽいな。あの時どうだったのか、ちょっと聞いてみたい気もする。


 あの時どういう気持ちだった? ねえどうだった? なんて聞くのは、ちょっと意地悪かな?


 そう思っていると、ザコッキーは続けて話した。


「私は、教科書通りの事しか出来ませんでした。変化する戦場に対応出来ませんでした。ただ混乱してばかりで……」


 ザコッキーが話していると、家の中から、恐らくザコッキーの奥さんであろう若い女性が、扉を開けて出てきた。


「あなた、中に入らないんですか……えっ? お客様?」


 俺達を見て、ドキッとした様に目を見開く女性。そんな彼女にザコッキーは、


「だめだタマノコーシ! 危ないから中に入っていなさい!」


 と、慌てて家の中に戻そうとする。


「危害は加えない。貴女はザコッキーの妻か何かなのだろう? ザコッキー、彼女にも話を聞いていてもらった方が良い」


 リッカがそう言うと、ザコッキーは諦めたかのように、その女性――タマノコーシっていう人が出て来るのに任せた。


「この女性は……私の妻です」


 ザコッキーは言葉を続ける。


「私が平民になってしまっても、たった一人、私の側から離れなかった人なのです。今となっては、唯一の家族、そして大事な人なのです。ですから……」


 ザコッキーは、意を決したかの様に、俺達の方を向いて話しを続ける。


「今の私にとっては、王の位を取り返そうなどと危険に身を投じるより、今あるこのかけがえの無い、ささやかな幸せの方が大事です……どうか、私を王に担ぎ出そうとするのは、諦めて下さい……」


「ふむ、貴方がそう言って断るであろう事も、想定内です」


 今度は、ディオスが口を開いた。


「さて、ザコッキー王子。私達が、それで引き下がらなかったらどうなさいますかな? 例えば、もし私達の申し出を断れば殺す、と言ったら……どうします?」


「えっ……? 殺す……? あっ……もしかして貴方達は、主人をを何かに巻き込もうと……?」


 奥さんのタマノコーシも、ある程度事態を察した様子。ザコッキーの横まで来て、その腕にしがみつく。ザコッキーも、タマノコーシの手をぐっと握りしめる。


「ぐっ……従わねば殺す、ですか……」


 苦しそうに、ザコッキーは顔を歪めた。


「その時には、お願いします。どうかタマノコーシだけはそのままにしてあげて下さい……。せめて彼女一人だけでも……」


「おやおや、よほど王になりたくないと見える。死んでも王に戻りたくないと言うのですか?」


 ディオスの言葉に、ザコッキーは震える声で答える。


「王になりたくないのでは無い……王になろうとして反乱を起こしても、どうせ失敗する、そう言いたいのです……。そうなれば、私は当然として、妻も命は無い……。ならばせめて、死ぬのは自分だけにしたいのです……。」


 ザコッキーの話は続く。


「死ぬのは恐ろしい……恐ろしいですが、最後に一人残ってくれた妻の命を守るためなら……」


 ザコッキーのその様子を見ていたリッカが、もう良いだろうという顔で言葉を発した。


「ディオス、もう十分だろう。ザコッキー王子。今あなたが心配している事は良く分かる。だから我等はまずあなたの為に王座を整えて、また貴方を訪れる予定だ。その時には、また話を聞いてほしい」


 リッカの話は続く。


「我等は、貴方を意外と良い王になるのではないかと期待しているのだ」


「私が……? 良い王に?」


「その通り。貴方は敗北とその後の平民生活で、多くの事を学んでいる様に見受ける。


 貴方は、今や謙虚さを学んだ。自分だけでなく、周りに力を借りる事、協力し合う事を学んだ。人の助言に耳を傾ける事も学んだ」


 俺もそれに付け加える。


「それに、今の様子や会話の話しぶりだと、働く事の大事さや、質素倹約なんかも学んでそうだし、自分を犠牲にしてでも愛する人を守る姿勢なんかまで身に付いていそうだしね」


 俺は、手にチョコバーを二本出して、奥さんのタマノコーシに渡す。訳もわからずそれを受け取るタマノコーシ。


「それ、お菓子だから、後で二人で食べてね。毒とか無いから。で、今からちょっとニイガタ王国潰して、ザコッキー王子の席を作ってくるから、その時なら前向きな話を聞けるかな?」


 ザコッキーは、なんと反応していいか分からなそうだったが、やがて口を開いた。


「反乱に成功した後なら、それは確かに問題ないですが……」


「こういう交渉は、ユータローの方が得意なんですかね……まあ良いでしょう。また後日、お目にかかりましょう、ザコッキー王子。いや、もうすぐ王ですかな」


 ディオスは、ふっと笑って言った。一瞬、ディオスの冷たい雰囲気が柔らかくなるが、またすぐに元の冷たい、鋭い、怖い感じの雰囲気に戻る。


「では、今日はこんな所で良いでしょう。行きましょうか、二人共」


 ディオスのその言葉にうなずき、俺たち三人と一頭は立ち去った。


 立ち去りながら、リッカが俺達に話しかける。


「とりあえずこれで準備は出来た、というところか?」


 その質問には、ディオスが答える。


「ええ、これで私達は復讐に専念できます。元ヤマガタ王国兵も、それなりの数が一緒に立ち上がってくれるみたいですしね……被害も少なくて良さそうです」


「味方がいなくても勝つけど、被害は少ない方が良いからな」


 俺がそう言うと、ディオスもそれに答える。


「全くです。さあ、では帰って始めましょうか、まずはニイガタ王国から」


 こうして、俺達の復讐が始まった。

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