皆、失った
俺は何の感情も無く、変わり果てたエレンを見つめる。
前の世界にいた時、介護施設で働いていたから、おじいちゃんやお婆ちゃんが死ぬのは何回も見てきた。
だから、人が死ぬ事には多少慣れていた。
でも、それとこれはわけが違う。
砂の中からエレンの手を見つけ、引きずり出した時には、もうエレンは息をしていなかった。
砂まみれの死体を、静かに見つめる。いつの間にか、何故か俺は唇を噛みしめていた。
俺の唇からは血が出てるみたいだ。でも、そのとき俺が思ったのは、ああ、こんな時には人は、本当に無意識に唇を噛んでしまうものなんだな……と言った、何ともマヌケなことだった。
俺の手が震えているのが、自分でも分かる。分かるけど、止めようとしても止まってくれない。その震える手で、エレンの顔に付いた砂と、口から出ている血を拭う。
エレンは、胸の鎧が大きくへこんでいた。俺は医者じゃないからよく分からないが、きっと死因はこれなんだろう。
何か強い衝撃のせいで、エレンは死んでしまったのだ。
せめて、楽に死んだだろうかと、またしてもマヌケな事をふと思う。
涙は出ない。悲しいのか、悔しいのか、自分でも分からない。
悲しんでいる場合ではない事は、頭では分かっている。俺達は砂の山のなかに居て、ここから出て逃げなければならない。
今の所、マハールは何もしてこないが、いつまた砂を動かして攻撃してくるか分からない。
しかし、今の俺には、その現実を見つめる余裕は無かった。
そんな俺の目の前で、現実は刻一刻と変わっていく。
べミオンの息が、だんだん弱くなってきていた。
「もう……だめダナ……」
力なく、かすれた声で口を開くべミオン。
ディオスが、べミオンの残った片手を取り、何とか励まそうとする。
「まだです! まだですよべミオン! 死ぬのはまだ早いです! 今まで、私達コンビで、いい感じの連携で戦ってきたではないですか!」
「ああ、そうだナ……この前の戦いの時も、結構良か……ったナ……あの時の、ゴーレムに合わせて俺が攻撃魔法ヲ打ち込むあれ……」
「ええ、そうです。そうですとも……! もう喋らなくていいですから、気持ちを強く持って!」
俺とリッカさんも、ディオスの後ろから、べミオンを見つめる。俺の目からも、べミオンの様子がだんだん弱々しくなっていっているのが分かる。
「いや……もウ、俺は駄目だ……すまん、ディオス……俺は先に行く」
「しっかりして下さい! そんな弱気な事を言わないで!」
べミオンは笑って、残った片手で、ディオスの手を握りしめた。そして、残った力を振り絞り、口を開く。
「今から俺は、お前に俺の魔力を全て渡す。使った者は命を失う魔法だが……もう俺には関係ない。どうせ死ぬ」
「べミオン! いったい何を……!」
ディオスが言い終わらないうちに、べミオンが何かを……した。
べミオンの中の何か、魔力のようなものが、握りしめられた手を通してディオスの体に流れ込む。
「……! これは一体……!」
混乱するディオスの手を握りしめていた、べミオンの手の力がふっと抜けた。
「敵討ちは……まか……せた…… ガツ……ンと一発、食らわせ……」
そこまで言って、べミオンの言葉は止まった。
もう、半開きの目は虚ろだ。
とうとうべミオンも力尽きた。今残っているのは、俺、リッカさん、ディオスだけだ。
「ぐっ……!」
べミオンの手を両手で握りしめて、悔しそうに目をきつく閉じるディオス。
「こんな時に……最後に完璧な言葉の発音だなどと……何の冗談ですかっ……!」
最後のべミオンの会話の発音は、皮肉にも……完璧だった。しかし、せっかく上手くなった発音も、もう使う機会は無い。
ここに生き残った三人は、それぞれ人を失った。
一人は、相棒を。
もう一人は、愛する人を。
そして、俺は、結婚する約束をした人……婚約者を失った。




