森に着くまで
その日の夜、ふと夜中に目が覚めた。見ると、焚き火は消してから寝たはずだったが、誰かがまた火をつけたようで、今は焚き火がパチパチと小さな音を立てて燃えている。
その火を、エレンさんが火の側で座って見つめていた。
俺が体を起こすと、エレンさんは俺に気が付き、少し笑って、
「あ、起こしてしまった? ごめんなさいね」
と言った後、体をこっちに向けて座り直した。エレンさんの斜め後ろでは、焚き火の火が鈍く、赤く燃えており、焚き火の光はうっすらとエレンさんの横顔を照らしている。
「さっきまで寝てたんだけど、起きちゃって。眠くなるまでこうしてようかなと思ってたの」
「……エレンさん、早く寝た方が良いよ。次の日眠気が辛いから、夜ふかしなんかしてると」
「……ええ。ねえ、ユータロー、私が眠くなるようなお話でもしてくれないかしら? そしたら、よく眠れると思うの」
「うーん……眠くなるような話……か……」
そんな話あるかな……と考えていると、考えているうちにこっちがウトウトし始めていたようで、エレンさんが声を掛けた。
「ねえ……ちょっと……私を置いて寝ないでよ……」
はっと気が付いて、謝る俺。
「ああ、寝そうになってた。ごめんです」
「いや、今寝てたよね? 完全にあっちの世界に意識行ってたよね? 私見てたよ?」
ため息をつくエレンさん。
「じゃ、いいわ。私が話するから。ユータロー、聞いてくれる?」
なんか、最初の趣旨とは違う展開になっているが、まあいいや。エレンさんとゆっくり話した事無かったから、ちょっと嬉しい。
俺がうなずくと、エレンさんは話を始めた。
「あのさ、ユータロー、戦場から逃げる時から思ってたんだけど……ユータローって……私の事、結構見てるよね?」
一気に目が覚めました。ハイ。たちまち挙動不審になる俺。慌てて視線をそらす。そらした視線の先にいるべミオンは、ぐっすりと寝ているようで、動く様子がない。
「えっ……そ、そうかな? 気のせいでは……」
「気のせいかしら? 結構よく目が合うじゃない? それとも、私が自意識過剰なのかな? だとしたら、何か私が馬鹿みたいね」
「エレンさんは馬鹿じゃないよ!」
「じゃ、気のせいじゃなくて、私のこと見てるのね?」
「うっ……」と答えに詰まり、変な汗を出す俺。
こんな時、なんて言えば良いんだ? 教えてくれリチャード、教えてくれ誰でもいい。べミオンお前起きて教えてくれ。いや起きるな。起きては駄目だが教えるのはしてくれ。
ヘビに睨まれているカエルのように動けない俺に、エレンさんは話を続ける。
「誤解しないでね? 嫌だって言ってるんじゃないのよ」
……え……?
「あのね、ユータロー。私ね……あなたの事……嫌いじゃない」
「え……それは……」
それは……つまり……どういう事でしょうか……高校生の時以来、彼女無しの35才(この世界では25才になったけど)にも分かるように教えてもらえませんでしょうか……
「私、駆け引きとか分からないし、そんなのしたくないから言うけど、私は、ユータローの事、少し好き。……少しね」
心臓がドキドキしてます。ハイ。
焚き火の光に照らされているエレンさんの顔も、少し恥ずかしそうな……暗いからはっきり見えないけど、そんな感じに見える。
「……エレン、さん」
「さっき、焚き火を見ながら考えてたのは、その事だったの。ユータローに私の気持ち言おうかなー、ってね。で、言う事にしたわ。そうしないと眠れなさそうだし」
エレンさんがニッコリ笑う。
「好きって言っても、少し好きなの。分かるかな? この感じ」
「うっ……うん、分かる、分かります」
本当はもう頭がぐちゃぐちゃで、何が何だか分からないけどね。
「ユータローの私への気持ちは分からないけど、私は……ユータローと仲良くしたいの。……ユータローは?」
「うっ……うん、俺も、仲良くしたい、です、はい」
ああっ……俺ってヘタレだと本当思う。こんな情けない返事しか出来ないなんて……
「じゃあ、これからは仲良くって事で、お友達から……始めよっか?」
「は……はいっ」
「ふふ、有難う……じゃ、これからはもう、敬語とか無しで、さんを付けるのも無し、で良いよね?」
コクコクと無言でうなずく俺。それを見てニッコリ笑うエレンさん、いやエレン。
「ふうー。スッキリした! 私、これでやっとよく眠れそうだわ! やっぱり、こういうのは言っちゃった方が良いよね!」
エレンといい、リッカさんといい、ナイトという人はどうもさっぱりしているような、竹を割ったような感じの人が多いのかな?
「うっ、うん、そうだね、エレンさ……あ、エレン。」
「うふふ。じゃ、これからもよろしくね。ユータロー」
エレンが差し出す手を取り、握手をする俺。……何か、俺、終始リードされてたな。男としてどうなんだろう俺。
スッキリとした顔で眠りにつくエレンとは対象的に、興奮と自分の不甲斐なさに眠れなくなる俺であった。
そして、次の日。
朝に出したココアは、べミオンが今度は一口で飲んでしまった。これでおあいこなんだって。
俺、まだ飲んでないんだけどな。まあ、出すのは自分なんだから、いつか飲めるはずだけど。て言うか明日は俺が飲む。
エレンは、朝からこっちをちらちら見ては、目が合うとちょつと笑いかけたりしてるけど、話しかける事はしてこない。こっちも、何だか昨日の事があって、少し話しかけづらい感じ。
友達以上恋人未満、まさにそんな雰囲気です。甘酸っぱいです、ハイ。でもやっぱりちょっと嬉しい。
俺の事、ちょっと好きだって! お友達からだって! えへへ……ニヤニヤが顔に出てしまう。
昨日はいてくれて嬉しかったべミオンが、今日はもう二人きりの時間を邪魔する者にしか見えない。ごめんなべミオン。
さて、こんな感じで俺達は歩き続け、昼前にはユニコーンのいる森に着いたのであった。




