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本日2本目
「じゃぁ、私がゆっくり化粧するのを見て、真似してやってみて」
下地、ファンデーション、パウダー、アイライン、ブロウ……。
「就活メイクだったら、アイラインはこれくらい控えめで大丈夫。ここから先は、就活には必要ないかもしれないけれど、せっかくだから練習しましょうか?」
もう少し目が大きく見える方法も教える。マスカラの使い方、ビューラー、ホットビューラー……。
久しぶりに自分で化粧したけれど、菜々さんに3度化粧してもらった記憶があるからなのか、今までの自分のメイクよりもかわいくなった。
菜々さんメイクよりに変化したようです。
二人も、ゆっくり慎重に、こわごわなんとか化粧をしました。
「メイク落としで、一度メイクを落として、今度は、私の見本なしで練習してみましょうか」
二人とも素直にうなづいて一から化粧をやり直します。
やはり、手が震えてアイラインはうまく引けないみたいです。目の際って慣れないと怖いものね。
頬紅に口紅は完璧のようです。手の動きがなめらかです。
「どう?あとは練習するしかないですが」
「白井さんっ!ありがとうございます!できました!私、化粧、できました!」
村上さんと横山さんが二人でお互いの顔を褒めあい、私に何度も頭を下げ、記念に写真を撮っている。
「もう、いいかな?」
そうだ。忘れていました。黒崎さんがパーテンションの向こうで待っていたのです。
「あ、はい。終わりました」
黒崎さんに返事を返すと、すぐに黒崎さんが姿を現します。そして、二人の顔を確かめて、少しだけ微笑みました。
うわ。
だから、匂い立ちますよ。
二人が固まっています。
「うん、自然な感じでいいと思うよ。きっと就職活動もうまくいく。頑張って」
と、優しい言葉までかけています。
……。
こりゃ、勘違いする女性増えますよ。
なんで、今回は塩対応やめちゃったんでしょうかね?
「白井さんのおかげだということを忘れないように」
え?
まさか、私のために、塩対応を封印したのでしょうか?
「はい、ありがとうございました!」
二人がぺこりと黒崎さんに頭を下げ、慌てて去っていきます。
うん。気持ちわかります。イケメンって毒ですよね。ある意味。耐性が付いていないと逃げたくなります。
二人が立ち去るのを見送って、黒崎さんが片づけをしている私の前に来ました。
「片付け、手伝います。本当にありがとうございました。白井――」
ガシャガシャッ。
黒崎さんが手に持っていた化粧品を派手に落としました。
「ああ、割れてないかな?!」
慌てて拾ってファンデーションがかけてないのを確認してホッと息を吐きます。
「大丈夫でしたよ」
と、顔を上げると黒崎さんが固まっていました。
固まったまま、私の顔を見ています。
え?
「そ、その、顔……」
顔?
まさか、すっぴんと化粧をした時のギャップがありすぎて驚いているということでしょうか?
さすがに、少しばかり失礼じゃないでしょうか?
「兄貴、終わった?」
パーテンションの向こうから、菜々さんが顔を出しました。
「え?結梨絵ちゃんが、どうして……」
菜々さんが手に持っていたカバンを落とします。
「ああ、学生相談室の手伝いで、学生に化粧を教えることになって。菜々さんみたいにうまくはないけれど……」
菜々さんのカバンを拾って手渡します。
「あ、そ、そうか、そうなの……じゃぁ、兄貴のこととか、その、いろいろと……もうバレて……」
菜々さんが困惑気味に言葉を発します。
バレる?
兄貴?
「あっ、もしかして、菜々さんと黒崎さんは兄妹なんですか?」
そうだったんだ。
ああ、だから!
だから二人で会って話したりしていたんですね。
「え?あ、うん。結梨絵ちゃん……あの、他に、その、気が付いてない?」
他に?
「菜々さんの眼鏡をするとそっくりだって言うお兄さんって、黒崎さんのことだったんですね。本当に気が付きませんでした」
と言えば、菜々さんが少し気を取り直したような顔をしました。
「そ、そうなんだ……へへ。うん。学生相談室で兄は働いてるの。黙っててごめんね?」
「いえ。内緒なのは仕方がないですよ。大学内に身内がいるなんてあまり知られたくないですよね。私も黙っていますから」
にこっと笑うと、菜々さんもにこっと笑い返してくれました。
「白井さん……が、結梨絵さ……」
黒崎さんがしどろもどろに口を開いています。
これ、言いたいことを飲み込んでいるようにも見える顔をしています。
大体、私のフルネームを知った人は同じことを思うようです。
「そうです。白井結梨絵という名前です。白百合っぽい名前にふさわしくないって言いたいですよね?」
「いや、そんなことは……」
手元の時計を見ると、ちょうど残業時間1時間です。
「えっと、じゃぁ、私は失礼します。菜々さんもまたね」
「はーい。またね!結梨絵ちゃん!」
明日の2本で第一部完結です。