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「匂いを付けたまま食堂の仕事に戻るわけにはいきませんから、その女学生に時間を取ってもらうなら終業時間後になりますが……」
黒崎さんが頭を下げた。
「ありがとう!ではさっそく」
「待ってください、問題がありました」
「え?問題?」
「残業代……出ますか?」
「ああ、出る!出す!問題ない!大学の学生の問題を解決するための立派な仕事なんだから!誰が何と言おうと、俺が文句を言わせない!」
時計を見ると、そろそろチャイムがなる時間です。
「それから、相談した女性とだけの問題ではありません」
黒崎さんがはっとする。
「確かに……相談者と同じことで悩んでいる人もいるかもしれない……どうにかしなければならないな」
そうですね。黒崎さんに考えてもらおうかと思いましたが、時間がないので思ったこと伝えます。
「女子大ではすでに導入しているところもあると思います。この大学でも導入を検討してはどうですか?」
黒崎さんが首を傾げる。
「就職ガイダンスのようなものありますよね?その一つとして、就活メイク講座を大学で開いているところもありますよ」
「白井さんが講師をしてくれると?」
ガクっと肩が落ちる。
「なぜ、そうなるんでしょう?プロに頼んでください。化粧品メーカーに話を持っていけば、喜んで出張メイク講座を開いてくれると思いますよ?しかもたくさんの試供品を持ってきてくれますよ。不公平感がないようにいろいろなメーカーに声をかけるといいんじゃないでしょうか?」
「なるほど!さすが師匠!いや、さすが白井さん!……そうか。企業にとっても、大学にとっても損はない……学生の就職活動応援の……ということは、男性に向けて、スーツ着こなし講座みたいなものもスーツメーカーに声をかけて行うというのもありということか」
黒崎さんが色々と考え始めました。
「では、もう時間ですので、私は失礼いたします。女学生と連絡が付きましたら、木曜日以外でしたら残業できますので」
ぺこっと頭を下げて学生相談室を出ていく。
「ありがとう」
黒崎さんが立ちあがって私よりも深く頭を下げた。
黒崎さん、大変な思いをしたから居留守を使うとかなんかやり方が気に入りませんが、……学生相談をいい加減に考えているわけではないんですね。
わからないことは私に尋ねたり。就活メイク講座から、スーツ着こなし講座を考えだしたり。
熱心は熱心なのですね。
就活メイク講座、すぐに動いて行動してほしくて、またちょっと大げさに言いすぎましたでしょうか。
化粧、実際はあんなにたくさん使っている人ばかりではないんですよね。下地とファンデーションに口紅だけなんて人もいます。若いとそれだけで十分だったりするんですよねぇ。
「おつかれ、白井ちゃん。はい、今日の分」
終業時間5分前にチーフからご意見用紙を渡されました。
もう、すっかりこれが日常のルーティーンになりつつありますね。
「それから」
チーフがちょっと心配そうな顔になりました。
「例の件、明日頼めるかって、学生相談室からメールが届いてるんだけど……」
「え?明日ですか?」
例の件って、女学生に化粧を教えるという話ですよね。もう連絡とったんですか……早いです。
「無理ならはっきり無理だって断ればいいだけだからね?ただでさえ白井ちゃんにはご意見用紙の返信を書いていて仕事が多いんだから」
「ありがとうございます、チーフ。でも、明日は大丈夫ですと返信してもらっていいですか?」
「うん、分かった」
黒崎さんの問題なら断ればいいんだけどなぁ。困っている学生さんを助けるためって思うと、断れないです。……というか、私が教えるって言いだしたのですし。
チーフもほかのスタッフも、優しい。
うん。良い職場で働けて私は幸せ者ですねぇ。
さぁ、今日も頑張ってご意見の返信書きましょう。
ご意見
【白井さんのしりとりが、食べ物ばかりな件……】
返信
【食堂の白井ですから】
短い返信だけれど、これでいいですよね?誠意といわれましても。
意見ではなく、感想のようなものですし。申し送りもなしということで。
ご意見
【ちょっ!白井さん、俺、東海勢じゃないけどわかるよ。なんで白井さんは分かんないのだろう】
???
まるっきりよくわかりません。
何の意見に対してのご意見なのでしょう?
分からないって、何を?
えーっと……。
返信
【申し訳ありません。なんで分からないのかが、何に対してのご意見なのかが分かりません】
うーんと、細かく書いてくれというのも労力が大変になるでしょうか。
あ……。
ご意見に、番号を振るのはどうでしょうか?
ご意見に対する意見みたいな感じで書く場合、3に関してとか16番だけどとか、番号で示してもらえばわかりやすいと思います。