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本日2本目
「はー……。黒崎さん、メイクってどういうものか知っています?」
「ファンデーションを塗って、口紅つけて、ああ、目だ、アイライン、どれから眉毛。えーっと」
ですよね。
男性の化粧に対する知識なんてその程度のものですよね。
ソファから立ち上がる。
「白井さん?」
「百均行きましょうか」
「え?なぜ、また百均に?」
戸惑いながらも、黒崎さんは素直についてきました。
前も行ったことのある、スーパーの中にある百均に到着です。
「さぁ、じゃあ、黒崎さん、黒崎さんの言っていたメイクに必要なものを教えてください」
「うわー、まさか、化粧品まで100円なのか?すごい!でも、これなら金銭が問題で化粧ができないということはまずないな」
黒崎さんがちょっとほっとした顔で化粧品コーナーを見ています。
高身長のイケメンが、背を丸めて化粧品をじーっと見ている姿に、買い物客がちらちらと見ています。
そうですよね。ちょっと変ですよね。私も、なんでこんなことになっているのか……って思います。
「まずは、ファンデーション」
黒崎さんが、ファンデーションを探し始めました。
「丸くてベージュの、あ、色が何種類かある。まぁ、これでいいかな」
と、商品を一つ手に取りました。
「これ、ファンデーションじゃないですよ?」
黒崎さんが手に取った商品のパッケージの文字を指さす。
「え?パウダー?ファンデーションじゃない?」
「パウダーは、ファンデーションを塗った後にのせるものですね。いわゆる白粉です」
「そ、そうなのか?えっと、ということは、ファンデーションだけじゃ、足りないっていうことか。ファンデーションの後にパウダーを使う……。なるほど」
カゴの中に、黒崎さんがパウダーを入れました。
そして、何とか探し出したファンデーションと書かれた商品も見つけてカゴに入れます。
「さぁ、次は口紅かな」
という黒崎さんにストップをかけます。
「下地がまだですよ」
「え?下地?」
「下地を使わないと、ファンデーションは肌から浮いてしまいます。もしくはすぐに崩れてしまいます」
黒崎さんにはわかるだろうかと思ったら、あっと少し大きな声を出しました。
「塗装と同じなのか!」
塗装ですか。
世の女性が聞いたらちょっと起こりますよ。化粧が塗装なんて……。
「これが、下地クリームですね。それから、クマやそばかす、ニキビ跡やシミを隠すのにコンシーラーを使います。肌に陰影を出して立体的にするにはシャドーファンデ。そして就職活動のメイクには関係ありませんが、肌に艶を出すためのパウダーを使うこともありますね」
次々にファンデーション関連商品を手にとりかごに放り込みます。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。ファンデーションって、顔に、こんなにも塗っているのか?」
「人によりますが、百均で売っているものは、幅広く売れている一般的な商品ですから。多くの人が使っているでしょうね」
黒崎さんが唖然としています。
「それから、続けてもいいですか?ファンデーションを塗るためのパフにスポンジ。口紅を塗るのにはこの紅筆。口紅以外に、縁取りをするペンシル、艶を出すグロス。割と口紅関連は少ないですね」
「口紅と紅筆だけでいいかと思っていた……ペンシルにグロス?」
「唇の皮膚が弱い人は、口紅の下に口紅の下地を使ったりもしますよ」
「そうか……」
続けてアイメイクに必要なものを上げていきます。黒崎さんは最後まで聞き終わり、カゴの中にたくさん入れられた商品を見てちょっとやつれています。
「こんなに必要だったのか……」
「いえ、まだ足りていませんよ?」
「は?」
「メイクをした後は、メイク落としで落とさなければいけません。メイク落とし、洗顔、それから化粧水、乳え……」
「待った、待った……どうしたらいいんだ?まさか、こんなに化粧が大変なものだと思わなかった……」
とりあえず、百均で黒崎さんが会計を済ませます。
「私、百均は好きなんですが、化粧品類は主にこっちを利用しています」
スーパーの中の百均なので、店内を移動すればすぐに化粧品売り場があります。ついでなので案内します。
「日常使いしやすい低価格の化粧品メーカーの品です」
百均の化粧品類も、問題があればすぐに店内から撤去するなど品質管理もされてはいる。
値段が安いから粗悪品、値段が高いから質がいいとも限らないのが化粧品です。だけど、百均化粧品には問題が一つだけあるのです。百均はどれだけ気に入っていても、次に買いに行ったときに同じ品があるとは限らないのです。だから、使ってません。
毎回違う品を使うのは結構大変です。
「スーパーだよな、こんなに多くの化粧品メーカーの品が置いてあるのか?」
そうです。スーパーでも何社もの低価格化粧品が置かれています。
「どこがおすすめなんだ?」
黒崎さんが私の顔を見ました。小さく首を振って見せます。
「人それぞれですし、口紅はこちら、アイシャドウはあちらと選べばいいと思いますよ」
「そうだな。うん……だが……ファンデーションだけでも、これだけ種類があるのか?液体、パウダー、固形?水性、塗るとパウダー?さっぱりわからない、皮脂を抑える?毛穴を隠す?……どれがいいんだ?」
小さく首を振ります。
「さぁ、時間がありませんので、帰りましょう」
黒崎さんに背を向けてスーパーを後にします。
「で、白井さん、結局、女学生の相談にはどう答えたら……」
百均で買った袋をぶら下げて黒崎さんがついてきます。
「メイク動画の多くは、よりメイクが上達したいという人に向けてのものが多いのです。メイク初心者には言っていることが分からないことも多いです。就活メイクの情報もあるにはありますが……。大きなブラシに粉をたっぷりつけて余分なものを落としてから円を描くように頬にのせますと言われても」
黒崎さんはバカではないので、言わんとすることが伝わったようです。
「ああ、たっぷりとはどれくらいか。余分なものとはどれくらいか、円はどの程度の円か、上からか下からかどう動かすのか、どれくらいブラシを強く当てればいいのか……僕にはわからないな……。何度も繰り返し試行錯誤すればできるようになるかもしれないが……」
「そうです。練習が必要ですし、練習しようにも教えてくれる人がいなければ難しいですし、化粧を苦手だと思っている人からすれば、練習することすらどうしたらよいのか分かりません」
職員通用口から大学に入り、学生相談室に戻りました。
「どうしたらいいのか……」
「相談者には、時間を作ります。もう就職活動が始まっていますよね。私が簡単に教えます」
黒崎さんの顔がぱぁっと輝き、そして、首を傾げました。
ええ。わかります。その表情の意味。
「食堂ですから、化粧の匂いを食事につけるわけにはいきませんのでしていませんが、化粧はうまくありませんがそれなりにできますよ?」
「え?あ、すまない、その、疑ったわけでは……」
ああ、やっぱりノーメイク姿しか見せてませんものね。私に化粧ができるのかと疑ったのですね。