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「そうそう、また学生相談室から白井ちゃんご指名」

 うっ。

「えーっと……また、ですか?今日は食堂の仕事は……」

「うん、いつもの時間に戻ってきてもらえれば大丈夫だけど、白井ちゃん大丈夫かい?……その、学生相談室ってちょっと特殊だから……」

「大丈夫なのですが、ちょっと、気を遣うので疲れます」

 と、思わず本音が漏れました。

 師匠とか呼ぶ変態がいるのですという言葉は何とか飲み込みました。

「ああ、そうだろうねぇ……。気を遣うよねぇ。……食堂としても、何度も何度も白井ちゃん呼ばれるのも迷惑だけれど、断りにくいんだよねぇ……」

 すいません。どうにも、チーフにも迷惑をかけているようです。

「もういっそのこと、月曜のこの時間だけ学生相談室用の時間としてしまおうか?」

「え?チーフ、それって……」

 まさか、毎週定期的に学生相談室に行かないといけないっていうことでしょうか?

「用事がなければ呼ばれないだけだと思うんだよ。用事があるなら、この時間にしてくれって先手を打って言っておけば、あとは食堂の仕事が忙しいから無理だと行っておいたらどうかと思うんだよ。さすがに食堂の仕事よりこちらを優先しろとまでは言わないだろう?」

「あ、なるほど……そうですね。毎日のように呼ばれるより、いいかもしれません……」

 月曜への出勤が億劫になってしまうかもしれませんが……。

 逆に、さっさと嫌なことを済ましてしまえば、あとは気が楽になります。


 嫌なことはさっさと済ませるために、学生相談室にさっそく足を運びます。

 ノック。

 いっそ、返事がなければ、このままメッセージを残して「来たけどいませんでした」で済むのですが。

 という期待もむなしく、ドアが待ってましたとばかりに開きました。

「待ってたよ」

 はっと、息をのみます。

 黒崎さんの声。

 和臣さんの声とそっくりだと、忘れていました。まるで一瞬和臣さんが言ったのかと思って……息が詰まりました。

 ……私を、待っているわけはないのに。

 家で和臣さんを待っているのは菜々さんなのでしょ……。

「掲示板の横に、立派なコインランドリーのアンケート設置してあるのを見ました」

 もうさっさと用事を済ませたくて、先に口を開きます。

「ああ、白井さんのくれたアイデアのおかげ。あの方式のアンケートなら、大学側も文句はないみたいだ。業者もいくつかに絞ったし、それからほかの大学の情報も入手しているところだ。学生寮に設置されていることはあっても、大学というとなかなか情報が見つからないけれど」

「順調そうですね。でしたら、もう、私が手伝えるようなことはないようです。では、失礼いたします」

 ぺこりと頭を下げて、黒崎さんに背を向ける。

「待って!師匠!待って!僕には師匠が必要なんです!」

 がしっと、右腕をつかまれました。二の腕部分をつかむのやめてくれませんかね?ぶよぶよが気になり始めたお年頃なので……。

「黒崎さん、師匠って誰のことでしたでしょうか?」

 そう呼ぶのはやめてくれと言ったはずなのですが。

 この人は、鶏頭なのでしょうか。3歩歩くと忘れるという……。ああ、ついつい心の中で辛辣な言葉が次々と出てきてしまいます。

「あ、その、君が……必要なんだ」

 思いつめたような声で、そういう言い方はやめてください。

 和臣さんと同じ声でそんな言葉聞いたら、すぐに立ち去ろうとしていた足が動揺で止まってしまいます。

「僕は男だから、その、女学生からの相談にどうしても、分からないところがあって、女性としての意見を聞かせてほしいんだ……」

 黒崎さんが、振り向いた私の目の前に、相談用紙を向ける。

「あの、他にいないんですか?相談できる人」

 黒崎さんの眉根が少し寄りました。

「なかなか、その、僕にはっきり意見してくれる人は少なくて……」

 うーん、チーフも断りにくいと言っていましたし……立場的なことなのか、気を引きたいと思われるからなのか、なんなのかわかりませんが。

 私は、そうですね。もう今までかなりずけずけと言いましたし……。

 目の前に差し出された相談用紙に視線を向けます。

【メイクができない……。就職できるか不安】

「メイク……ですか」

 差し出された紙を手に取り、そのままソファへと腰を下ろす。

 確かにこれは、黒崎さんではむつかしい相談内容かもしれません。

「そう。1年目に、似合う口紅を選んでほしいとか……変な目的の相談があったから、もしかしたらその類で、僕に綺麗だと言ってほしいだけっていう可能性もないわけではないんだが……」

 と、黒崎さんも私の正面に腰を下ろしました。

 この疑り深さは、もう女性不振の類じゃないでしょうか?と少し同情したくなりますね。

「違うと思いますよ。就職が不安と書いていますし。……就職マニュアルを読んで困ったのではないでしょうか」

 黒崎さんが首を傾げた。

 ああ、分かりませんか。

「マニュアルには、派手になりすぎないとか、口紅の色は何がいいとか、そういうアドバイスが書いてありますが、そもそも化粧の仕方は書いてありませんから」

 黒崎さんが、そうかと、何か考え込んでから、口を開いた。

「じゃぁ、たとえば、百貨店の化粧品売り場で化粧の仕方を教えてもらいながら買い物をすればいいと……あ」

 黒崎さんが色々と考えを口にして、何かに気が付いたようです。

「もしかして、百貨店というのは、その、金額的に、またダメだったり……」

 ふぅーと、小さくため息をつく。

「男の人って、女であればだれでも当たり前に化粧すると思っている節がありますよね?化粧なんて髭をそるのと同じ程度のことだと思っていません?だから、就職活動するのにも、化粧は当たり前にしていないといけないみたいな……」

 ちょっと愚痴めいたものが口から出ます。

「値段の問題ばかりではありません。化粧初心者にとって、百貨店の化粧品売り場は敷居が高いところなんです。場違いな人間が来たと思われないか、見下されているんじゃないかと不安がいっぱいで。高校を卒業したあとに、母親と一緒に足を運んで化粧デビューする子もいるくらいです。不安のある人間が気軽に行ける場所ではありません」

 黒崎さんがうなだれました。

「そうか……確かに、スーツを着慣れていない人間が、いきなりオーダースーツを一人で作りに行けと言われたら戸惑うのと同じかもしれない……」

 さすが、黒崎さん。例えがセレブです。ですが、まぁ、いい例えです。たぶん言いたいことは理解してもらえたと思います。

「だったら、まずは勉強か。ネットでスーツのことを調べる。オーダーでない店にスーツを見に行ってみる……。メイクも……。そうか、白井さん、分かったよ。ネットでメイクの仕方動画を見て勉強したらどうかとアドバイスをしたらいいんだね?」

 仕方ないですね。

 黒崎さんは、メイク動画なんて見たことないでしょうから……。



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