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 飲み会の時には、缶詰を選びながら店員さんに追加注文するときに、どんなお酒が合うのか尋ねて決めたくらいです。

「今日は洋酒が中心の店だよ」

 和臣さんも私と同じように、この間の缶詰居酒屋を思い出していたのでしょうか。あそこはビールと日本酒が中心のお店でした。

 店の前につくと、和臣さんが手を差し伸べてきました。

「?」

「店内、段差があるみたいだから。今日も、コンタクトはないんでしょう?」

「え?わかりましたか?」

「なんとなく、かな。ホームや電車で案内版や広告とか、全く見ていなかったみたいだから」

 和臣さんの差し出してくれた手に、手を乗せる。

「じゃぁ、お願いします。足元も、段差はちょっと怖いんです」

 和臣さんの手を握り、まるで恋人同士みたいに店内に足を踏み入れた。

「2名で予約していた――きですけど」

「はい、ご案内いたします」

 名前、苗字で予約してあったんだ。最後の文字しか聞き取れなかった。きのつく苗字なんですね。

「ここ、一段下がってるよ」

 和臣さんが足元のことを教えてくれるので、海の底のように柔らかな青い光で薄暗くなっている店内の足元にも不安はなかった。

「う、わぁ~」

 受付から1段おり、角を曲がると途端に目に飛び込む、壁一面の巨大モニター。スクリーンかな?

 そこには、海中の映像が映し出されている。水族館の巨大水槽の前のよう。

 いいえ、映し出されている映像は水族館のように水槽という感じのしない海中の映像。

 潜水艦で海中に潜っているかのような錯覚を受けます。

 菜々さんの言うように眼鏡なしで映像をはっきり見られないから、余計にそう感じるのかもしれません。

 潜水艦の中から分厚いガラス越しに見ている海の底……。

 案内された席に、和臣さんの手を引かれて進んでいく。

 素敵です。

 コース料理もとてもおいしい。フランス料理をオリジナルアレンジしたメニューのようです。

「あ、始まるみたいだよ」

 スープとサラダを食べ終わったこと、和臣さんが映像を見ました。

「始まるって?」

 食事から目を離し、映像に注目する。海の底のような映像から、水族館の水槽の中のような映像に切り替わっている。

 たくさんのキラキラ輝く魚が姿を現し、何千、何万いるのか分からないような魚の群れが、渦を巻いて泳ぎだした。

「トルネードだよ」

 トルネード……。

 大きなうねりとなって、無数の魚が渦を作り出しています。巨大な生命を形作っているようにも見えます。

 不思議で、幻想的な光景です。

「名古屋の水族館の映像らしいよ。イワシのトルネードショーがあるんだって」

「そうなんですね。イワシなんですか。今度からイワシを見るとこれを思い出しそうです」

「イワシを見ることなんてある?」

「ありますよ。スーパーの鮮魚売り場で売っています。手間がかかるので頻繁には作りませんが、時々イワシのつみれを作ったりしますよ」

「え?自分で作るの?すごいね。魚を下ろすんだよね?なんか、魚を下ろせないと主婦失格なんて間違った話が広まっているようだけど、もともと魚を下ろすのはプロの仕事で、主婦の技術じゃなかったんだってね」

 和臣さんはいろいろなことを知りたくなるタイプだと言っていた通り、偏った見方をしないようです。

「ってことは、結梨絵さんはプロ並み?」

 まぁ、一応職場は食堂で、プロと言えばプロなのかもしれませんが……。

「いえ、違いますよ。つみれは、すりつぶして作るので、とりあえず骨とか取り除ければ大丈夫なんです。上手に三枚におろす必要なんてないんですよ」

「そうなの?じゃぁ、僕にもできるかな?」

「やってみたいんですか?」

「一緒に料理が作れたら楽しそうだと思って」

 え?

 一緒に料理?

 思わず、私と和臣さんの二人がキッチンに立つ姿を想像してしまいました。

 違います、勘違いしては駄目なのです。誰と一緒になんて言ってないじゃないですか。和臣が誰を想像していったのかわかりません。

 もしかすると、誰の姿も想像してなくて、単に「彼女と」とか「妻と」とか、いつか誰かとという意味なのかもしれません。

「一緒に……もいいですが、魚をさばくのは僕にかませてくれってプロレベルに魚が捌けたら尊敬されるかもしれませんよ?」

「え?結梨絵さんも、そう思う?」

「そうですねぇ……釣りに行って、その場で捌いた魚を刺身で食べるとかやってみたいですね」

 テレビ番組で見るあのシーン。いくら新鮮な魚と言って売られていても、ある程度の時間は立っています。

 釣りたての魚はどれほどおいしいのか……一度食べてみたいと思うのです。

「ああ、なるほど!それは確かに一度は食べてみたいな。ねぇ、結梨絵ちゃん、僕が上手に魚をさばけるようになったら、一緒に釣りに行こうか」

「え?魚をさばけるようになっても、釣れなければ食べられませんよね?」

「そうだなぁ、じゃぁ、結梨絵ちゃんが釣り担当」

「私が、釣り担当ですか?」

 まさかの話に、びっくりして目が真ん丸になりました。

「冗談、冗談。ははは」

「もー、和臣さん」

 楽しそうに笑い出した和臣さん。冗談も言う人だったんですね。

 冗談……ですか。魚が捌けるようになったら、一緒に釣りに行こうっていうのは、冗談だったのですね。

「さすがに、ちょっと無理だから、今度は店内のいけすで自分でとった魚を食べられる店なんてどう?」

「あ、テレビで見たことがあります!網でも取れるし、釣りもできるんですよね?」

「そう。釣りの場合は、何が釣れるのか分からないスリルがある」

「スリルですか?」

「高級魚が釣れたら、会計が高額になる」

「えー、そんなシステムなんですか?それは、確かにスリルが……でも、せっかくそういう店に行ったら釣りがしたいですよね?」

「だね。釣った魚も食べきれないと勿体ないから、大人数で行ったほうがいいだろうなぁ」

 あ。そうですね。みんなで行くということですよね……。

 ……二人じゃないんだ。

 ……二人じゃないなら……。また、会ってもいいかな。

 また会える。

 会いたい。

 二人じゃなければ……。


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