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「学校法人は非営利の組織だ……。ゆえに、大学運営は、運営者のために、儲けるために行うものではない。学生のために運営していくべきもので」
えっと、ずいぶん話が大きくなってきました。
「いくら、1年目にひどい目にあったからと、私は……、学生からの相談に真摯に向き合っていたのか。学生が過ごしやすい、充実したキャンパスライフを送るために、何か一つでも真剣になったのか……」
黒崎さんが下を向いたまま顔をあげません。
「あの、黒崎さん、えっと……」
どう声をかけたものか考えていると、1限開始のチャイムが聞こえてきた。
黒崎さんがチャイムの音で顔を上げる。
うん。笑いましょう。笑いかけます。
「分かりました。黒崎さんが、知りたいだけではなく、学生のために自分ができることがあるのではないかという気持ちで、私に教えてほしいと言っているのがよく伝わりました」
もともと、少し意地悪な言い方をすることで、学生のために本気を出して大学側と交渉して動かしてもらえるとうれしいなぁとは思っていたのですが……。
ここまで落ち込まれてしまうと、申し訳ないです。
ごめんなさい。
「えっと、では、あの、続きを話ますね」
黒崎さんが姿勢を正して座りなおします。
私も、腰を少し浮かして浅く腰かけなおし、相談用紙を手に取りました。
「ここから先、私の推測です。洗濯を外に干せない不便な狭い物件に住む女学生が、コインランドリーにも行けないと書いたのは、コインランドリーが怖いからじゃないでしょうか」
とんっと、軽く【コインランドリーにも行けない】という部分を指さします。
「怖い?コインランドリーが?」
男性には想像できないのかもしれません。
ましてや、目の前に座っている黒崎さんは、ハウスキーパーが家事をしていると言っていました。一度もコインランドリーを利用したことがないのでしょう。
「あくまでも、想像ですが、相談者はお金に余裕がないためアルバイトをしているのでしょう。大学が終わってからアルバイトをして帰宅すれば、外は暗くなってます」
洗濯がろくに干せないような部屋に住んでいるのであれば、お金に余裕がない、もしくはお金を貯めたい、節約したいのどれかでしょう。
「暗くなってから、若い娘が一人でコインランドリーに行くことを想像してください。人気のない空間。自分の下着がぐるぐると回る洗濯機。見ず知らずの男の人。男の人たちの目。乾燥までかかる長い時間。暗闇。一人の帰り道。もしかすると、過去に何かあったのかもしれません」
黒崎さんの眉根が寄りました。
「そうか……。確かに、女性が一人で、人気のない夜道を歩くだけでも危険があるものな……。うちの学生を痴漢やストーカー被害に合わせるわけにはいかない。……コインランドリーを利用するだけでも女性の立場になれば……恐怖が付きまとうのか。とても想像できなかった」
でしょうね。
コインランドリーを利用するお金もないのかと、思ったくらいですものね。
「だが、それを相談されても……できることは、警察に見回りを強化してもらうお願いをするくらいしか……」
黒崎さんの言葉に、静かに首を横に振る。
「大学に何とかしてほしいと言っているんですよ?警察にじゃないです。コインランドリーに行けないなら、行けるようにしてあげればいいんです」
黒崎さんが寄った眉根を指でほぐす。
「私が、相談者がコインランドリーに行くたびに護衛すればいいと言うのか?いくら何でも一人の学生のためにそこまでは」
護衛……黒崎さんSP姿とか似合いそうですよね。って、違いますよ。
「一人の学生だけではないと思いますよ。声を上げたのはこの子ですが、一人暮らしの女性は同じように怖い思いをしていると思います。コインランドリーに行くことができても、下着を人に見られたくないと思っている人は多いです。女性専用コインランドリーが欲しいと思ったことありません?男の人も、見るつもりがないのに見えて気まずいこともあるでしょう」
見ていないのに見たと睨まれたなんていう話を聞いたこともあります。
乾燥機にへばりついて残っていた下着を間違って持って帰ってしまったなんて話も……。
「まぁ、いや、うん、そうかな?コインランドリーを使ったことがないので分からないが……」
そうでした。ハウスキーパーがいる人がコインランドリーに行くはずがありませんね。
「大学にコインランドリーを作ってください」
必要のない人には、必要性が分からなかったのですね。
コインランドリーは便利です。梅雨とか。毛布などの大きなものを洗濯したいときとか。
「作る?大学に?」
「できれば女性専用と男性専用と男女共用と簡単に仕切ってもらえるといいですね。敷地内にコインランドリーがあれば、講義を受けている間に洗濯から乾燥まで終わるので便利ですし、怖い思いをしなくて済みますよね。それから、部活のユニフォーム関係の洗濯もできるでしょうし、役立つと思いますよ」
黒崎さんが目を見開いた。
「待て、待て、待ってくれ、いや、コインランドリーがあれば学生も助かるというのは分かった、分かったが、そう簡単なことではない……。予算の問題から、一部の学生のためだけの施設を設置する問題や、それから……」
「ふっふふふっ」
思わず笑いが漏れる。
「な、なんですか、白井さん、何がおかしいんですか?」
「いえ、私と同じだと思いまして」
「同じ?」
「私も、学食へのご意見に、たこ焼きをメニューにとかカレーの辛口をとか言われても、予算そのほか、まずそういう現実的に実現できるかどうかということから考えてしまうので……」
黒崎さんがふっと笑う。
「いや、それは普通のことだろう?本を1冊買って図書館に入れる程度のことならまだしも、コインランドリーともなれば……。そうだ、乾燥機能付きの洗濯機はいくらするんだ?」
黒崎さんが、自分が集めた洗濯機のパンフレットを手に取りました。
「オープン価格、値段がわからない。いや、確か、電気販売店で見た記憶では、15万ほどだったか?それをなんだいくらい設置すればいいんだ?」
何やら頭の中で計算を始めた黒崎さんに声を掛けます。
「黒崎さん、食堂にたこ焼きをメニューに追加してほしいというご意見が寄せられました」
「あ?ああ、見た。導入しても冷凍になるだろうという返事をしていたな?」
よく覚えていますね。
学生相談室には申し送りしか入れてませんが、どうしてやり取りまで……。
もしかして、掲示板も見てます?