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「え?菜々?なんで、菜々?」

 呼び捨てなんだ。それも、言い慣れた感じです。

「なんでも、ないです。あ、駅です!ありがとうございました!あの、和臣さんは今から戻ればカラオケに合流できるんじゃないかと思うんです!なので、私は、えっと、大丈夫ですから!」

 カバンから慌ててパスケースを取り出して改札を通り抜ける。

 振り返り改札の向こう側の背の高い男の人に手を振り、すぐに立ち去る。

 ちょうど来ていた電車に乗り込み、ドアの横に立つ。

 窓の外は暗くて。

 窓には鏡のように中の様子がうつっています。

 私の、泣きそうな顔が、うつっています。

「あ、はは……」

 顔も知らないのになぁ。


「白井ちゃんおはよう」

「あ、おはようございますチーフ」

「着替える前に、ちょっと学生相談室に行ってくれないかい?今日で時間は大丈夫だそうだ」

 月曜の朝です。いつもの時間に出勤すると、チーフに声をかけられました。

「そういえば、呼び出されていたんでしたっけ?」

 チーフが首を縦に振ります。

「白井ちゃんに用事ってねぇ……まさか、気に入られたのかい?」

 チーフが心配そうな表情を見せました。

「気に入られ……ては、いないと思いますけど……」

「そう、いや、まぁ、気に入られたなら気に入られたで玉の輿だし、めでたいといえばめでたいけどねぇ」

 はい?

「玉の輿?」

 えーっと、どういうことでしょう。

 まずもって、気に入られるというのは男女のそれという意味だったのでしょうか?

 それから玉の輿ってどういうことでしょう?

 あれ?

 そういえば、菜々さんも学生相談室の場所を聞いたときに、玉の輿狙いがどうのとか言っていた気がします……。

「あ、いや、何でもない。まぁ、怒らせてしまったからといって、いきなり首になるようなことはないとは思うけれど……」

 チーフに肩をぽんぽんと叩かれました。

「チーフ?いったい、学生相談室の……あの、黒崎さんにいったい何が?」

「早く行っておいで」

 ぐるぐると頭の中でチーフの言葉が回ります。

 怒らせると首?

 黒崎さんはイケメンでモテます。

 えーっと、黒崎さんと恋仲だと疑われたら、黒崎さんにご執心の女性から嫌がらせを受けて、首とか……。

 いや、そうじゃありませんね。黒崎さんを怒らせるなら……黒崎さん自身が私を首にできるっていうことですよね。

 そういえば、菜々さん、学生相談室は大学を動かすだけの権限があるとか言っていた気がします。

 ……それは、人事についてもということなのでしょうか……。

 怒らせるなと言われましても……。

 すでに、前回、勢いで乗り込んでしまいました。

 学生からのご意見に「相談室にバカにされた」と洗濯機のカタログ付きのご意見が入っていたからです。

 ……一緒に百均に行って、それから……。えーっと……。

 特に怒らせた記憶はありません。

 それどころか、学生に悪いことをしたと反省していたようです。

 ……で、今日は何の用なのでしょう?


 学生相談室をノックすると、珍しく返事がありました。

 すぐにガチャリとかぎの開けられる音がして、ドアが開きます。

 言われるままに中に入り、ソファに腰を下ろしました。

 ソファテーブルの上には、この間の洗濯の相談用紙が貼られたご相談の紙が置かれています。

 黒崎さんは、私の向かい側に立つと、腰かけずにぺこりと頭を下げました。

「白井さん、降参です。教えてくださいっ!」

 降参?

 教える?

 なんでしたっけ?

 もう一度、相談用紙に目を通します。

【洗濯を干す場所がなくて乾かなくて困ってます。コインランドリーにも行けない。何とかしてほしいです】

 ああ、思い出しました。そうです。

 前回は、前半の洗濯物を干す場所がないということに触れたのです。

 コインランドリーに行けないという部分については、まだ問題が残っていました。

「この間、白石さんが最後に、なぜ知りたいのかと尋ねたでしょう。あれから考えた」

 ああ、そういえば。

 私は仕事に戻らなくてはならなかったので、続きを言うことなく立ち去る必要があって、知りたいと引き留めた黒崎さんに問いかけたんでしたっけ。

「私は……いろいろなことを知ることが好きな性格で……、単純になぜと思ったことは知りたくなる。洗濯機のカタログをいろいろと取り寄せ、印を打ったのも、学生のためではなく……自分が洗濯機のことを知るのが楽しかっただけなのかもしれない」

 黒崎さんは頭を下げたまま話を続けます。

「学生の相談を受け、学生の問題を解決するはずの立場でありながら……。学生のためということが、どこか抜け落ちていたのかもしれない……」

 いつもより低い声。苦しみながら本心を吐き出しているように聞こえます。

「あの、黒崎さん、座ってください……」

 声をかけても動かない。

「えーっと、座っていただいたほうが、話がしやすいので、座ってくださいませんか?」

「あ、すまない、その、そうだ。自分のことばかりで……」

 はっとして、黒崎さんはソファに腰かけました。

 ……頭がより深く垂れ下がっています。

 あああ、別に責めるつもりではなかったのですが。

「大学は……学校法人が運営している」

 ん?運営?


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