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「あの、本当に大丈夫ですから。和臣さんは和臣さんの好きなもの探してきてください」

 なんで、コンタクト忘れてきちゃったんだろう。気を使わせてしまって申し訳ないです。

「あ、ごめん。困らせるつもりじゃ……」

 謝られてしまいました。私が、困った顔をしたから?

「僕は、相手のことを考えているつもりでも、どうも相手を怒らせてしまうことがあるようで……」

 声に張りがない。とてもショックを受けているようだ。

「いえ、困ってもいませんし、怒ってもいません。むしろ、私がコンタクトレンズを忘れたせいで和臣さんに気を使わせてしまって、それで、申し訳なくて……」

「本当?僕がまた何か知らないうちに不快にさせるようなことを結梨絵さんにしてしまったのではないですか?」

「また?いえ。一度も不快になるようなことはありませんけれど?」

 私の言葉に、ほーっと、息を吐く音が聞こえる。

「またというのは、仕事で……ポカをしました。相手のことを考えたつもりが、相手を貶しているように受け取られてしまって……」

 ふと、ご意見用紙に書かれた、ライバル君のことを思い出しました。

 私の何を持ってライバル視しているのかいまだにわからないけれど……。

「すべての人にわかってもらうことはむつかしいですよね。……誤解されるとつらいです。でも……」

 ライバル君を怒らせたり傷つけたりしたくなくても、どう私の言葉を受け止めているのか分からないけれど……。

「大丈夫です。相手のことを考えていることを、親しい人は知ってくれてます」

 ライバル君とのやり取りをすべて見ているチーフは、ご意見用紙の返信を褒めてくれる。

「誤解されたのであれば、誤解を解くようにすればいいのです。あの、親しい人が、味方です。和臣さんはそんなつもりじゃなかったんだよって、機会があればきっと、その人に伝えてくれると思います……だから、あの……」

 実際、誤解したまま二度と縁のない人もいる。私の言っていることは、きれいごとで。

 それでも、必死で言葉を続けてしまうのは……。

 不器用だけど一生懸命な彼が、自分に重なる部分もあって……。

「私、和臣さんは人間的に素敵だと思いますよ?」

 自分に似ているから素敵というのもおかしな話だと、思ったけれど……。

 自分にとって魅力的だと思うのだから、言葉選びとしては間違っていませんよね?

「人間的……に?」

 戸惑う声が聞こえます。

「あ、その、見た目が悪いとかそういうことじゃなくて、えっと、単にどんな顔かとか見えないので、えっと……」

 ふわりと、次の瞬間優しくて少しだけ甘い香りが鼻をくすぐった。

「え?」

 小さな声が漏れる。

 和臣さんの体が私と密着しています。

 抱きしめられています!

「嬉しい、ありがとう結梨絵ちゃん……」

 あ、抱きしめられているなんて、まるで恋人のような表現は失礼でした。

 ハグです。よほど私の言葉が嬉しく手思わず抱き着いてしまったらしいです。試合に勝利した選手が抱き合うみたいな感じでしょう。

 ……と思っていても。

 汗臭さもない、少しだけ甘い香りに包まれると、少しだけ心臓が早く波打ちます。

「このまま……」

 え?

「このまま顔を見られたくないな……」

「どうして、ですか?」

「ねぇ、結梨絵ちゃん、次に会う時も眼鏡はずしてきてって……お願いしてもいい?」

 次に会う?

 またみんなで飲み会するときでしょうか。初夏ちゃんと丸山君を応援するためなら……いいえ。

 みんなで飲むのは楽しい。

 また、会えるといいと思っています。

「ご迷惑でなければ……」

「迷惑なんかじゃないよ……。むしろ、僕がわがままを言っている。読めない文字は僕が君の目になるから」

 読めない文字といっても、メニューなら顔に近づければ問題ないです。知らない場所に行くなら駅の掲示板だけ少し不安です。

 それも、眼鏡を持ち歩けば問題ありませんね。

「こっちは何があるのかな」

 人の声に、はっとして和臣さんが体を離しました。

「ご、ごめん、その、手が早いとか、そういうんじゃなくて、えっと、……ご、誤解してほしくないんだけど……」

 その時になって、初めて和臣さんは私を抱きしめ……こほん、ハグしてしまっていたことに気が付いたらしい。

「大丈夫です。……あ」

 男性に抱き着かれても大丈夫なんて言う女性って、慣れているか相手のことが好きかって思われてしまいませんか?

「ち、違うんです。えっと、大丈夫っていうのは、あの、慣れてるとかじゃなくて、えっと、感極まって和臣さんが思わずその……誤解したりしませんから……」

「は、はい。ありがとう。えっと、その……」

 うー。私は相手の表情は見えないけど、和臣さんは私の表情は見えるよね。

 なんだか恥ずかしくてきっと今、顔が赤いです。それを見られるかと思うとますます恥ずかしくなって……。

「おー、おまえら何、二人で下向いてもじもじしてんだ?」

 丸山君の声に驚きました。二人で、下を向いて?

「思わず、中学校の放課後の図書館が思い浮かんだぞ。はははっ。まー、和臣にはそんな経験ないだろうけどなっ!」

「そんなって、どんなだっ?」

「恥ずかしくて下向いてもじもじするような経験だよっ!って、まじ何やってたの?」

 和臣さんも、恥ずかしい顔してたの?下向いてたんですか?

「わ、私がコンタクトを忘れて缶の文字が見えないので、和臣さんが代わりに読み上げてくださるので、お礼を……その」

「あ、ああ。あんまり感謝されるから、恐縮ただけだ」

 なんだか言い訳めいたことを慌てて口にすると、和臣さんが同調してくれました。


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