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「全部食べる?」
「何言ってるんですか!全部食べてみたいけれど、サンマ以外も食べたいので、えっと、とりあえず、カレー煮と、味が想像できなかった粒マスタードにします。和臣さんはどうしますか?」
隣の棚を眺めだした和臣さんの隣に並ぶ。
目の高さに並んでいる缶詰なら顔を近づければ見ることができます。
「うわぁ、タコ焼きにおでんにラーメン、うどんにパンに……このあたりは小麦粉系ですか。ラーメンも醤油に味噌に豚骨、すごいですね……缶詰ってどれだけの種類があるんでしょう。一生かけても食べきれないですよね」
「タコ焼きを食べてみる?」
「いえ、味が想像できるものは今日はやめときます。せっかくなので、味が想像しにくいものにします。和臣さんは?」
「結梨絵ちゃんが魚だから、僕は魚以外のものにしようかな?豆系なんてどうだろう」
豆系?
煮豆?枝豆?
「好きなのを選んでください。豆の缶詰は食べたことがなくて楽しみです」
「あ、ナッツ系もあるね」
和臣さんが選んでいる間に、しゃがみこんで棚の下のほうの缶詰を眺めます。
蜂の子、イナゴ……このあたりは虫系ですか。
すごいなぁ。缶詰を眺めてこれだけわくわくしたことはありませんでした。
テーブルに戻ると、すでに4人は戻っていて缶詰を開けて皿に移したり、温めるために立ち上がったりしていた。
中央にはサラダが2つ置かれている。一つは野菜がいろいろと乗ったサラダ。もう一つはサンチュだろうか。
「生野菜だけはメニューにあったんだ。葉っぱにくるんで食べるとおいしいって書いてあったから」
と、菜々さんが自分が選んできた缶を見せてくれた。
牛の焼肉ですね。それは確かに、くるんで食べてもおいしそうです。
「菜々、おまえはここにきてわざわざ焼肉か……」
和臣さんの声に、すぐさま菜々さんが反応しました。
「あんたは何を持ってきたのよ、え?松の実?松って、実がなるの?え、どんな味?気になる!」
菜々さんはそのままパカっとプルトップを開けて缶をひっくり返して中身を皿に出します。
「見た目はナッツ系……」
二人のやり取りに、ちょっと胸の奥がぎゅっとなるのです。
そうだ。私じゃないのです。
和臣さんが一番親しいのは、この中で菜々さんです。
……女性恐怖症気味だと言っていたけれど、菜々さんとは付き合っている?付き合っていた?んですよね?
あれ?なんで合コンにこの間は来たのでしょう?
私はメンバーが足りないと言われたのですが、もともと男性陣は人数多かったからメンバーが足りなくて引っ張りだされたわけじゃないですよね?
女性が苦手で合コン?
菜々さんと付き合っているのに合コン?
あ、最後のは空想ですけど。
……。喧嘩でもして、当てつけで参加したとかでしょうか?
小さく首を振る。どうでもいいのです。
どうして、私は二人の事情をいろいろ想像しているのでしょう!
せっかくの未知なる缶詰を楽しまなくちゃなのです。
「温めてくるよ」
和臣さんが両手に皿を持って電子レンジに向かった。
「結梨絵ちゃんは何を選んだの?」
「うん、サンマ。和臣さんにサンマが食べたいって伝えてくれたんだね、ありがとう」
空き缶を菜々さんに見せる。
「おお、味噌カレーサンマ?何それ、味噌とカレーって合うの?こっちはマスタード?サンマで洋風アレンジは思いつかなかった」
「うん、どんな味なのか楽しみ。このお店面白いよね。和臣さん、お店選び上手ね」
菜々さんが複雑な顔を見せる。
「なんか、結梨絵ちゃんが和臣さんとか言ってるの聞くと変な感じ」
「え?」
「ううん、何でもない。直接本人を褒めてあげて。そういうこと、言われなれてないから」
「あ、うんそうだね。なんか丸山さんに女性のことを考えて店を選べと注意されたみたいですし……」
菜々さんがふふっと笑いました。
「まぁ注意してくれる友達がいてよかったよねーって話だよね。1回目や2回目のデートでこういう店連れてこられても、ちょっと引くでしょ」
「そうかな?」
首を傾げる。
「行ったことのないところに連れていってもらえて、そこが楽しいところなら、引くどころか次はどこに連れて行ってもらえるのかと思うとまた会いたくならないですか?」
菜々さんがひじをついてビールの入ったグラスを少し揺らします。そしてもう一方の手で、私の頭をなでなでと。
あら、年下の子に頭をなでられてしまいました。
「普通はね、顔がよくて頭がよくて家柄がよくて金持ちの男性とデートっていうと、クルーズディナーだの、イタリアンレストランの個室だの、別のものを期待するんだよ。煙草の煙の匂いが付きそうなおじさんたちが通う居酒屋とか誰も期待してないんだなー」
「何の話?」
皿をテーブルに置いて和臣さんが椅子に座りました。
「和臣さんは顔がよくて頭がいいっていう話です」
といえば、和臣が不審そうな声を出します。
「菜々、何を言った?」
「さぁねぇ」
「菜々さんに、何を選んだのか聞かれたので、サンマの味噌カレー煮と粒マスタードのだと教えてあげたんです。それで、こんなにいろいろな缶詰を楽しめるお店に連れて来てくれてよかったって。和臣さん、お店選びが本当に上手ですねって話をしてたんです」
和臣さんが首を動かし菜々さんの方向を向きます。
あいにくと表情は見えないけれど、またもや不審げな顔をしたのでしょうか?
「本当よ。ちなみに、私が1回目のデートでこんなところ連れてこられたらがっかりしない?と言ったら、楽しくて次はどこに連れて行ってもらえるのか考えると次に会うのが楽しみになるんだって。ね?」
菜々さんが私の顔を見ました。
「次に会うのが楽しみ……?」
「はい。あ、でも、デートの前にはどういうところに行くのか女性に教えてあげるといいと思います。もし、その、私なら急にクルーズディナーに連れていかれると逆に困ります」
「困る?どうして?お金のことなら気にしなくても……」
ふと、変な顔をしてしまう。