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「なぜ、ですか?」
「なぜ?」
「知りたいのは……なぜですか?単純に答えが分からないと気になるから?それとも、バカにされたと言われて癪だから?それとも……」
黒崎さんの目が泳いだ。
考えをまとめようとしているのだろうか。
即答ではないんだ。そうですか……。
なんだか、少しがっかりしました。
「手を、放してください、仕事に戻らなければ」
私の手をつかんでいたことも忘れていたかのように、はっとして黒崎さんが手を離しました。
どうしてでしょう。
私からすればとても簡単なことなのです。
黒崎さんは少しも考えたことがないのでしょうか。
だとしたら、私は黒崎さんを助けるようなことはこれ以上しません。教えません。
学生もバカじゃありません。
バカにするような相談員なんて必要ないと声が上がれば、別の人と代わるでしょう。
もし、黒崎さんが……単に答えが知りたいだけなら、学生のために何ができるか考えたいと思っているのでなければ……。
黒崎さんよりも学生のことを考えてあげられる人に相談員が交代したほうが、学生にとっていいはずです。
「すいません、遅くなりました!」
更衣室で急いで着替え、しっかり手を洗って消毒。
「あー、よかった。間に合ったね。頼んだよ!戦争はこれからさ!」
食堂を見れば、食券販売機にたくさんの学生が並び始めています。
まだ、食券を手にカウンターに来ている人間の数は少ない。
よし。今日も戦争を戦いぬかねばなりません!
仕事が終わり、いつものようにチーフに紙を渡されました。
「お疲れ様です。今日は、残業なしで帰ります。お先に失礼します!」
チーフから受け取った紙は、相談用紙のコピーを挟んであるファイルにクリップで止めておく。
「ああ、そうか、今日は魚の特売日だっけ?」
「え?なんで知ってるんですか?私、言いましたか?」
職場で一番の年長者が私の背中を叩いた。
「白井ちゃん、魚、魚って言いながら何度も急いで帰っていったことあるの、覚えてないの?」
え?
驚いた顔をすると、その場にいた3人が笑った。
「あははは、いいねぇ、白井ちゃんのそういうとこ。休憩時間にサンマって言ってたのも覚えてない?無意識?サンマの季節じゃないけど、いいサンマが売ってるといいね」
あちゃー。
そうかでしたか……。
そういえば、昼休みに菜々さんからラインが届いてて「何か食べたいものある?」って聞かれて……。
スマホを手にラインを開きます。
「サンマって送ってますね、私……」
うん。これ、きっと今食べたいものじゃなくて、飲み会の店選びの参考意見を聞かれたんですよね……。
失敗……しました。
まぁいいですよね?きっとみんなに聞いてるんだろうし、他の人の意見を参考にしてもらえれば……。
サンマのおいしい季節はまだまだ先です。
でも、なんか突然サンマが食べたくなっちゃったんですよね。
皮がカリカリになるように、グリルで焼いたサンマに、大根おろしを乗せて、少しポン酢をたらす。
口に入れて、3度ほどサンマの味をかみしめた時に、炊き立てご飯を口に入れる……。うはー。最高ですよ。
と、口の中に唾液をためながら臨んだ魚の特売。
……残念ながらサンマはありませんでした。
サバとメバチマグロを買いました。今日食べる分は焼いて、他は冷凍。
「サバは味噌煮よりも塩焼きがおいしいんだよねぇ」
ぱちぱちとグリルから油の始める音がする。
はい。こうして目の前でおいしそうに焼けているサバを見ると、口はすでにサバモードに切り替わりました。さようならサンマ。
そろそろでしょうか。
火を止めると、スマホが鳴りました。
菜々さんからです。
「明後日の金曜日で大丈夫?」
「大丈夫ですよ。金曜日なら、次の日休みですし少々飲みすぎても大丈夫そうですね」
「じゃぁ、金曜!この間メイクした場所覚えてる?仕事終わったら来て!」
「了解です」
金曜日に飲み会。
メイクした場所に来てということは、またお化粧してくれるということですよね?
えーっと、どんな店か分からないので少しだけオシャレしましょうか?
男性陣はこの間は仕事帰りだったのか、スーツとか割とかっちり目でした。
菜々さんはいつもおしゃれです。せっかくまたばっちりメイクしてもらうのだ。少しはましな服を着ないと申し訳ないのです。
自分で化粧するときに比べて5倍はかわいくしてもらえるのです。28歳にもなってかわいいというのも変な話ですけれど。
金曜日って、明後日です。今日も早く帰ってきてご意見に返信してないませんから、明日は返信しましょう。
それから、金曜日は返信できませんと書いておくほうがいいでしょうか。
何枚くらいあるんでしょう。