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「いや。うん、ちょっと警戒しすぎてたかもしれない。すべての人間が噂に興味があるわけじゃないもんな……」

 噂?

「宝くじでも当たったんですか?あ、株で大儲けしてるとか?ああ、すいません。別に答えなくていいです。時間がないので帰りましょう」

「待ってくれ、ちょっと買っていきたい」

 黒崎さんが、さっき私が教えた商品や、それ以外にも興味を持った洗濯グッズをいろいろと手に持ちました。

 ……。両手に抱えています。

 仕方がないなぁ。

「はい、どうぞ」

 カゴを持ってきて手渡します。

「ああ、ありがとう」

 ニコッとほほ笑んでお礼を言われました。

 ちょっと、あの感じの悪い男はどこへ行ったのでしょう!愛想がいいと、イケメンが、愛想がいいと……。

 匂い立つ……美しさ。これは危険です。

「そりゃ、女学生さんは魂抜かれるわ……」

 28歳のおばさんでさえ、ちょっと勘違いしそうになります。危ない、危ない。

 大きなビニール袋2つ分の買い物をして、黒崎さんは満足そうな顔で店を出ました。

「うん、あの相談者にはもう一度これらの品のことを教えてあげよう。そうすればバカにしたなんて思わないよな」

 黒崎さんが嬉しそうな顔をしています。

 ……はぁ。教えてあげないとだめですよね……。

「あのですね、黒崎さん。気が付いていないようなので言わせていただきますが……。洗濯乾燥機のカタログを渡したことが人を馬鹿にした行為なんですよ?」

「あの時は、乾燥機を使えば解決すると思ったんだ。干す場所に困っているなら干さずにすめばいいと……」

「干す場所がない、1Kや1DKに住んでると想像できたら、その先は何が想像できますか?」

 黒崎さんが首をひねる。

「お金があれば、もっと広い部屋に住むんじゃないですか?洗濯を外に干せないような物件から引っ越すんじゃないですか?大学の周辺には学生用の物件がたくさんありますよね?」

 はっと黒崎さんが唇をかみしめます。

「機能だとか電気代だとか、そんなことにチェックの丸印書き込む前に、乾燥機能付き洗濯機……しかも最新式が、いくらするか知ってますか?」

 私の言葉に黒崎さんがさらに強く奥歯をかみしめました。

「言いたくはないのですが、あなたのしたことは、マリーアントワネットのパンがないならケーキを食べればいいじゃないと同じことですよ?」

 洗濯が乾かないなら、乾燥機を買えばいいじゃない……。

「……そう、だな……その通りだ……。学生の気持ちを傷つけてしまった……」

 黒崎さんの目の光が消えました。

 相当落ち込んだように見えます。

 ……したことは褒められたことじゃなありません。

 だけれど、こうして学生の気持ちを考えて心を痛めることができるなら、悪い人ではないのでしょう。

「もう一つ言わせていただければ、たぶん、このサイズの洗濯機は置く場所がないでしょう。一人暮らしの狭い物件に、こんな大きな洗濯機は入りません、置けません、お金があっても解決しません。リサイクルショップで安い乾燥機付き洗濯機が手に入っても解決しないのです」

 黒崎さんの背が心なしかまるまりました。

 職員通用室を通って学生相談室に戻ります。

「知らなかったと言って謝ってもダメなんだろうなぁ……」

 どさっとソファに沈み込む黒崎さん。

「まぁ、そうですね。君が貧乏だと気が付かず、渡したカタログの洗濯機が買えないなんて知らなかった……とは言えませんよね?だから、貧乏人の君にも手が届くであろう百均の商品を見つけてきたから紹介してあげると言われれば、さらにバカにされたと思うでしょうし」

 黒崎さんが、両手で頭を抱えてしまいました。

「大学は何もしてくれないどころか、相談してもバカにするだけ……と学生には不信感しか与えられなかったというのか……。私は、学生の相談は無理なのか……」

 さて。

 いじめるのはこれくらいにしておきましょう。

 あ、別に人をいじめる趣味はありません。

 いっぱい反省してもらえばもらうほど、これから言うことを一生懸命やってくれるかなと思ったのです。

 相談した学生のために、大学側と交渉して大学を動かしてもらわなければなりませんからね。

「さて、黒崎さん。信用を回復するためにできることがありますよ?」

 黒崎さんが顔を上げて私を見た。

 机の上から、相談の書かれた紙をカタログから引っぺがします。

「後半の部分から、何が分かりますか?」

 黒崎さんが相談内容を読む。

「洗濯を干す場所がなくて乾かなくて困っていますという部分からは、1Kなどの狭い部屋い一人暮らしをしている女性かもしれないということが推測できたんだった。その続き……。コインランドリーにも行けない。何とかしてほしいです……か」

 しばらく考えて、黒崎さんは大きな声を出した。

「分かった!コインランドリーに行くだけのお金もないということだな?だが、それは学生相談室に相談したからと、どうにかしてやれることでは……」


「そうですね。学生相談室に相談するとお金がもらえるなんて誰も思いませんよね。それに、お金がないから何とかしてくれなんてお願いするのに、洗濯の話をするわけないと思いますよ?」

 コインランドリーに行くお金すらないという発想はどうなんでしょうね。

 金銭感覚が違うと、ここまで極端にしか考えられないのでしょうか。

「なら、どうしてコインランドリーに行けないんだ?大学にどうにかしてくれと相談したのはどういうことだ?」

 黒崎さんが頭を横に振りました。

 うん、これはねぇ。男の人には分からないかもしれません。

 教えてあげようと口を開いた瞬間、2限終了のチャイムが鳴り響きました。

「あっ!いけない!仕事に戻らないと!じゃぁ、黒崎さん、私、食堂の仕事に戻ります!」

 黒崎さんが私の手をつかみます。

「待ってくれ!答えを教えてくれ!」

 真剣な目がまっすぐと私を見ている。


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