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「君がそう思った理由が分からない。だが、私は、いくら冷やかしだと思っても冷やかしじゃない場合も考えて誠意をもって返答をしたつもりだ。決してバカにしてはいない」

「どこが誠意なんですか?大学側は何もしない、自己責任だと突き放しているだけじゃないですか」

 何とかしてくださいの回答が、洗濯機のカタログを渡すことだなんて。

「わざわざ洗濯機のカタログを入手してアドバイスしているんだぞ?それのどこが突き放しているというのだ!」

 カタログをテーブルの上に並べて、とんとんとんとイラついた調子で黒崎さんが叩いた。

「ほら、最新のカタログだ。電気屋で話を聞いておすすめなものをいくつも用意した。電気代や乾燥にかかる時間など、選ぶ時のポイントになるところにチェックまで入れてだぞ?」

 自信満々で語る黒崎さん。

 バカにしているのではないのですね……。この人が想像力の働かない、馬鹿なのですね……。

「はぁーーーっ」

「それから、最近では靴まで洗って乾燥させられるやつもあるし、聞いてるのか?」

 いや、少なくとも大学の学生相談係に抜擢されるくらいですから、馬鹿ではなくて常識知らずなだけか。

「行きましょう」

「は?洗濯機を見に行きたいのか?」

「百均に行きましょう」

 大学から徒歩10分の場所に中規模のスーパーがあります。その中に百均も入っているのです。

「意味が分からない」

 ソファに座ったままの黒崎さん。

「なぜ、学生がバカにしてると思ったのか、まだ分かりませんか?知りたいなら、ついてきてください」

 黒崎さんは、この問題をばかばかしいと放置する気はないようで、しぶしぶながら立ち上がりました。

「分かった」


「黒崎さんは百円均一とか使ったことがないでしょう?」

 二人で歩きながら職員通用口から外に出ます。

「そうだが、なぜ分かった?」

「私は、百均が大好きなんですが……。なぜだか分かりますか?」

 黒崎さんがすぐに答えを出さずに考えるそぶりを見せます。

 会話の一つの流れで、大した質問ではないのに真面目に考えているようです。

「女性が好む品がたくさん置いてあるからか?それとも、食材などの買い物の途中で寄ることができる手軽さがあるからか?」

 利用したことがないので、どのような商品が置いてあるかもわからないのでしょう。

「女性が好む品が何を指しているのか分かりませんが、男性が好きそうなものもたくさん置いてありますよ?まぁ、好みの問題は人それぞれなので置いておくとして。男性用の品もかなりあります。髭剃りから始まり、靴下や下着、それから財布に名刺入れにネクタイ、ベルト」

 指折り男性用の商品を思い出しながら上げていると、黒崎さんが待ったの声をかけました。

「待った、今、百均の話をしているんだよな?」

 本当に、知らないんですね、この人。

 やっぱり、ボンボンなのでしょうか。親も百均を利用してなかったってことですよねぇ。

 動きが洗練されていて上品ですし、スーツも高そうです。……詳しくはないのでわかりませんが。

 肩もウエスト部分もだぶついた印象はありません。180センチを超えているであろう身長ですが、スーツの丈や袖の長さもちょうどいいようで……。体にぴったりと合っています。既製品ではなく、オーダー品じゃないのでしょうか……。

「さぁ、着きました。目的は洗濯用品売り場ですが、その前に見ていきますか?男性向けの商品」

 と、靴下やベルトやネクタイが置いてある場所へと案内します。

 オーダースーツを着こなす人が見ても魅力を感じないかもしれませんが……。

「本当に、置いてあるのか……。いくらなんだ?品としては、そんなによいものというわけではないようだが、出先で急に必要になったときに買うなら十分だな」

 冠婚葬祭用の、白や黒のネクタイ、それから黒い靴下。

 急に必要になったときには役に立ちます。靴下に穴が開いてるの発見してそのまま1日過ごすよりも買って履き替えたほうがいいですし。

 それに、意外と百均の靴下って、履き心地がよくて長持ちするものもあるんですよ?冬場のもこもこ靴下は欠かせません。

「出張に行くときに使い捨てで持っていくものいいかもしれないな」

 と、下着を手にしています。

「ああ、使い捨ての下着なら、旅行用グッズのコーナーにありましたよ、確か」

 女性用のは見た記憶があります。あれ?男性用もあったかな?

「へぇ。で、いくらなんだ?」

 この人は、本気で言っているのでしょうか。

 値札が付いていないか商品を裏返して見ています。

 ……。

「私が百均が好きな理由ですが……全部百円だからです」

「そうか、全部百円か」

 一拍置いて、黒崎さんが私を二度見した。

「全部、百円?いや、嘘だろう?靴下は安い品とはいえ二百円や三百円するだろう?ネクタイは千円、どれだけ安くしようが五百円はするんじゃないのか?幾ら安っぽい布に、ちょっと縫製が緩いからって、いくら何でも百円ってことは……」

 黒崎さんが驚いて、再び目の前に並んでいる商品を見ています。

「黒崎さん、ここ、百均の店ですから。百均って、百円均一の略称です。店の名前ですらありません。すべての商品が税抜き百円で売っている店です」

 店の名前は、ダイトーだったり、セリオだったり、キャンドルだったり、いろいろありますが、まとめて百均って呼ぶことが多いんです。

「あ、いや、そうだ。知ってる、そう、百円均一の店を百均と呼ぶことは知ってる。いや、そうか、本当に、百円なのか……」

 キョロキョロと店内の商品を見まわした後、興味深そうにふらふらと何かを見つけて歩いて行ってしまいました。

 慌てて黒崎さんの腕をつかむ。

「目的はこっちですから」

「いや、ちょっと見てもいいかな?」

「だめです。私には時間がないのです。二限が終わるまでに戻って食堂で働かなければいけないのです!」

 本当は今頃料理の下ごしらえをしているはずなのです。

 チーフが特別に許してくれただけで、勤務時間中なのです!遊びじゃないのです!

「わ、分かった。そうだった。それで、何を見に来たんだ?」

 洗濯用品グッズの並ぶ場所に連れていきます。

「覚えてますか?相談には「洗濯を干す場所がなくて乾かなくて困っています」って書いてあったのを」

 黒崎さんが頷いた。

「ああ、乾かなくて困ってるっていうから、乾燥機をすすめたんだ」

 まだ、言いますか。

「あの相談から読み取れる情報はいくつもあります」

 眼鏡を手で押し上げてから、手のひらを黒崎さんに向けた。

 親指を折り曲げる。


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