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「カタログがはみ出ちゃって、他の人が意見箱を利用しにくくなってたからね。それにしても、学生相談室も大変だねぇ……」
チーフが小さくため息をつきました。
「あの、学生相談室にちょっと行ってきてもいいですか?仕事が終わってからだと、いつも無人なんで」
「ん?まぁ構わないよ。ご意見の返信を書くために必要なことだろう?上からも、白井ちゃんの返信は学生に評判がいいからできる限り続けてほしいって言われてるからね。行っておいで。2限終了後の昼休みの一番忙しくなる時間前なら構わないよ」
ありがとうございますと頭を下げて、カタログ付きのご意見用紙を持って学生相談室に向かいます。
これは、ひどいです。
あまりにもひどい……。
学生相談室のドアの前に立ちます。
トントンとノックをするけれど、いつものように返事はありません。
「いません?いつならいるのでしょう?」
後でもう一度来てみようと思って背を向けると、部屋の中からスマホの着信音が聞こえて、すぐに消えました。
いる?
誰かがいます!
もう一度ノックをする。
「すいません、食堂の白井です。お話いいですか?」
「なんだ、学生じゃなくて白井さんか。どうぞおはいりください」
部屋の中から声が聞こえ、すぐに内側に扉が開いきました。
この声。
と思った通り、扉を開けたのはあのイケメンでした。
「あなたが、学生相談室の人だったんですね」
だから、このあたりでよく会ったのでですねと思っていたら、同じことをイケメンさんも思ったようです。
「ああ、君が白井さんだったのか。学生かと思っていた。毎日のように申し送りを届けてくれていたから会うはずだ」
イケメンさんは意外にも今までのように不機嫌そうな顔は見せずに、口調も穏やかなです。
だけれど、私のほうは怒りで頭が沸騰しそうになっています。
「学生には居留守を使うんですか?」
学生相談室だというのに、学生が来たら無視ですか。
相談したいと、わざわざ普段学生がいない場所にまで足を運んだ人に対して……。
ひどくないですか?
ひどいですよね?
睨みつけても、平然とした様子で部屋の中央当たりに置かれたソファセットに腰かけました。
「白井さんもどうそ。座って話をしましょう」
「学生相談室なのに、学生が来ても会わないのですか?」
私の質問を無視したイケメンに、もう一度同じ言葉を繰り返す。
イケメンが困った顔を見せました。
「私は、学生相談室に来て3年目になるんだけどね、1年目にひどい目にあったんだよ」
「ひどいめ?」
「いろいろなうわさが大学に広まったようで、私の顔を見ようと学生が押し掛けた。そのうち、わたしと仲良くしたいと思った学生たちが、相談があると言って足を運ぶようになった」
「本当に困っていて相談したかったんじゃないんですか?学生と仲良くして何が問題なんですか?」
「黒崎さん、あ、私の名前は黒崎というんだが……黒崎さん、男の人とお付き合いするにはどうしたらいいんでしょう、教えてくださいと、目の前で服を脱がれた私の気持ちがわかるか?」
そ、それはなんというか。
仲良くの方向性がよくありません……。
「いくら私に非はないとはいえ、表に出れば私のせいだと責められるようなことが次々に起きた」
想像してぞっとしました。
黒崎さんは、イケメンの中でも、かなり上等なイケメンです。かっこいいだけではなく、目を引くんです。カリスマ性があるというか……。
フェロモンでも出しているんでしょうか?艶っぽいと言いますか、顔の作りがよいことにプラスして説明しようのないあらがえないような魅力があふれています。
ああ、古典でいうところの「匂い立つ」とはこういうことなのかもしれません。
もともと「におい」は「霊が這う」が語源らしいです。
魂に訴えかけるような霊的な何かで人を引き付けてしまうとしたら……。
苦労、するかもしれませんね……。最近は肉食女子と呼ばれる人種も増えてきているようですし……。
「そんな人間がうろうろしているせいで、本当に相談したい人間が近寄れない場所になってしまったんだよ。だから、仕方なく、居留守を使うようになった。相談事を紙に書いて入れてもらうことにした」
「はぁ……」
大変さを想像して、噴火しそうな怒りが落ち着きました。
「自分に似合う口紅の色が分からなくて困っています。選んでくださいといった相談事には、文書で返答することにしたんだ。教授とうまく意思疎通ができないといったような、会って話を聞いたほうがいいような相談内容であれば、会って話を聞くようにしている」
なるほど。
「ほとんどの相談事は文書で問題ない。会って話を聞く必要がありそうな相談は相談室ではなく、事務所の奥に仕切られた場所で面談して話を聞くようにしている」
ああ、二人きりにならないようにしているということですね。
なかなか対処としては頑張っていると言えないことはないのかもしれませんが……。
「事情は分かりましたが、これは、いったいどういくことでしょう?文書での返答で問題がないと言っていましたけど……」
ご意見の書かれた用紙を黒崎さんに向ける。
「あなたにバカにされたと食堂のご意見箱に入っていました」
「は?」
黒崎さんが私の手からカタログ付きのご意見用紙を受け取った。
「何もバカにしていないだろう?」
ご意見に目を通し、添付されている相談用紙と黒崎さんが書いたであろう返答を読み返して黒崎さんが口を開いた。
どこが?
黒崎さんは、読み返してもなお、何も気が付かないようです。
私も、こんな返答が来たらバカにされたって思いますけど……。
それで、思わず「ひどい!」と思ってここに足を運んでしまったわけですけど……。
バカにしているつもりはなかったんですね。……というか、指摘されても、分からないのですか。
「そもそも、洗濯が乾かないというのを学生相談室に持ち込むのはどうなんだ?本気で相談する気もない、私の顔が見たいだけの冷やかしだろう?」
ああ、そうですか。冷やかしだろうと思っているので、目が曇っているのですね。
「そうは思いませんけれど」
本当に黒崎さんは何が問題か分からないのか首を傾げています。