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プロレスラーの誇り  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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グレート高津

◎グレート高津タカツ


 元司と同期の前座レスラー。最近、家族のため引退を決意した。



 会場には、大勢の人間が入っていた。カメラのシャッターを押す音が響き渡り、ひそひそ会話する声が聞こえてくる。

 そんな中、元司はスーツ姿でパイプ椅子に座っていた。こんな風な形でマスコミの前に出るのは、何年ぶりのことだろうか。

 彼のすぐ隣には、青い顔をしたスーツ姿の男が座っている。それなりに鍛えているような体つきだが、場の空気に完全に呑まれている。

 二週間後、元司はその男とリングの上で闘うことになる。今日は、その記者会見なのだ。




「日本のDー1に参戦できて大変に光栄です。ベストを尽くしますので、応援してください」


 タイ人のナーク・ギアッソンリットのコメントを、通訳が日本語に直して言った。このナーク、ムエタイでは強すぎて試合そのものが組まれない……という触れ込みであるが、果たして本当だろうか。


 次は、この予選の目玉とも言える琴岩竜である。出場する選手たちの中でも、ひときわ大きな体である。顔つきも野性的であり、マゲを落としてスキンヘッドにしたせいで、怖さが余計に際立っている。本人は反省のつもりなのだろうが、かえって逆効果だ。

 そんな琴岩竜は、神妙な顔つきでマイクに語り出した。


「今回、このような機会を与えていただき感謝しております。自分はかつて罪を犯しました。今は更生したつもりですが、言葉をいくら費やしたところで何の意味もありません。生まれ変わった私の姿を皆さんに見てもらい、皆さんに判断してもらうつもりです」


 そう言うと、ぺこりと頭を下げた。元司は、この琴岩竜なる元力士のことは何も知らない。だが、今見た限りでは、気の強そうな面構えをしている。いかにも格闘家向きの雰囲気を漂わせている男だ。体も大きく、骨格もしっかりしている。大麻をやるような男には見えない。

 若くして人気力士になり有頂天になっていた時、よからぬ輩が寄って来て悪いものを覚えてしまった……そんな経緯だろうか。もちろん、全ては想像でしかないが。


「ありがとうございました。次は、本田柔像さんですね。試合に向けての、意気込みをお願いします」


 司会者に言われ、本田は顔を上げた。その目は、完全に泳いでいる。こうした場に出るのは初めてなのだろう。


「時は来た、以上です」


 その瞬間、元司は吹き出しそうになった。この男は、真面目な顔で何を言っているのだろうか。いや、逆に真面目な性格だからこそ、意識せずにボケたセリフが飛び出す……ひょっとしたら、今後は面白武術家として有名になるかもしれない。


「あ、ありがとうございました……では、最後は荒川元司さんです」


 司会者の何かをこらえているような声に応え、元司はマイクを握り立ち上がった。いよいよ、プロレスラー荒川元司の出番である。


「さて、全国の格闘技ファンの皆さん。申し訳ないけど、さくっと優勝させてもらうから」


 言いながら、元司は居並ぶ記者の顔を見回した。そう、彼は悪役レスラーである。ここでも、ヒールの役割を演じなくてはならない。社長のライアンや主催者の石川が求めているのも、まさにこれだろう。


「ま、こんな連中とやらせるなんて時間の無駄なんだよ。全員、素人に毛の生えたような連中ばかりだしな――」


「んだと?」


 元司の暴言に、真っ先に反応したのは琴岩竜であった。立ち上がり、元司を睨み付けている。近くで見ると、やはり大きい。外国人レスラーにも、全くひけを取らない体格だ。

 しかし、元司は怯まなかった。


「なんだお前、大麻が切れてイライラしてんのか? さっさと帰って吸ってこい――」


 言い終える前に、琴岩竜が恐ろしい形相で迫ってきた。手を伸ばし、元司に掴みかかろうとする。

 その時、配置されていた道心会館所属の警備員たちが素早く割って入った。

 それでも、琴岩竜はなおも元司に詰め寄ろうとしている。警備員たちは、数人がかりで彼を引き留めようとしていた。

 元司もまた、数人の警備員に手足を掴まれた状態だ。強引に引きずり出されようとしている……プロレスでは、よくある展開だ。

 もっとも、格闘技の場合は本気でエキサイトしているケースが多い。基本的に格闘家は、試合前はピリピリしている。そこに、相手のちょっとした言動で火がついてしまう……結果、本気の喧嘩になってしまうこともあるのだ。

 もっとも、元司の場合はあくまで演技である。彼は忠実に、ヒールの役割を果たすべく叫んだ。


「おいコラ! てめえに度胸があんなら、勝ち上がってこい! 決勝までこれたら、きっちり相手してやるからよ!」


 吠えながら、元司はさりげなく他の者を見た。タイ人のナークは、通訳と共にニヤニヤ笑いながら元司を見ている。雰囲気から、本気でないことを察知しているのか。あるいは、日本語が分からないため状況が呑み込めていないのか。いずれにしても、なかなか胆の据わった男であるらしい。

 元司の隣にいた本田は、パイプ椅子に座ったままである。こちらは、動こうという気配は全く感じられない。いったい何を考えているのか。

 だが、そんなことはどうでもいい……とりあえず、元司の役目は終わりだ。口汚く喚きながら、元司は会場を後にした。




 翌日の昼、元司は『虎の穴』に来ていた。昨日の夜から、ラジャがひっきりなしに電話とメールをよこしているのだ。まるで、ストーカーのごとき勢いである。初めは無視していた元司だったが、さすがに我慢できなくなり、電話に向かい怒鳴りつけた。


「てめえ何なんだ! こっちは試合控えてて忙しいんだよ!」


 しかし、ラジャも一歩も引く気配がない。


「その試合のことで話があんのよ! いいから、さっさと来なさい! でないと、こっちから押しかけるわよ!」


 あの巨体に押しかけられては、たまったものではない。こうなった以上、一刻も早く出向かなくては……元司は、店へと向かった。



 やがて店の奥から、ラジャが巨体をゆらして現れた。普段とは違い、ひどく真面目な顔つきだ。


「モトさん、ちょっと来てちょうだい。会わせたい人がいるのよ」


「はあ?」


 唖然となる元司。だが、ラジャはお構い無しだ。元司の手を掴み、強引に引っ張って行く。


「お、おい……どこに連れて行くんだ?」


「いいから、黙って付いて来なさい! 歩いて十五分くらいだから!」


「何だよそれ……」


 困惑しながらも、元司は付いて行くしかなかった。




「さ、ここよ」


 ラジャに連れられ、たどり着いたのは公園だった。さほど広くはないが、ブランコや砂場さらには怪獣の顔を模したような巨大な滑り台がある。

 そんな公園の中央には、二人の男がいた。片方はまだ若い。恐らく二十代だろう……ジャージ姿で汗を拭きながら、ベンチに座っていた。体はさほど大きくないが、軽薄さと真面目さとが同居しているような、不思議な雰囲気を漂わせている。

 だが、それよりも……。


「黒崎……あんた、黒崎じゃねえか」


 険しい表情で、元司は呟いていた。様々な感情が、彼の中に去来する――




 黒崎健剛。

 かつて、武想館拳心道空手の全日本大会に彗星のごとく現れ、圧倒的な強さで初出場にして初優勝を成し遂げた伝説の男である。その後も、全日本大会や全世界大会などで上位に食い込む活躍をして見せた。

 特に、第五回世界大会では……優勝候補と言われていたロシアチャンピオンのイワン・ハシミコフを相手に真っ向から渡り合い、僅かな差の判定で敗れはしたものの、イワンを負傷させ棄権へと追い込んでいる。さらに、この試合で受けた怪我がもとで、イワンは現役を引退した……。

 この試合は、今も語り草となっているほど凄まじいものだ。試合に勝ったのはイワンだが、闘いに勝ったのは黒崎……そう評価する者は少なくなかった。さらには、素手の殺し合いなら黒崎こそ最強……と主張する者もいた。


 しかし、黒崎はその後に道を踏み外す。

 ある日、テレビのワイドショーに黒崎の名前がでかでかと報道される。川原で若者たちと口論になり、五人を素手で病院送りにしてしまったのだ。結果、傷害事件で逮捕される。最終的には、懲役十年を言い渡されてしまった。

 当然ながら、空手界からも追放される――




 当時、現役の空手家だった元司は、黒崎を心から尊敬していた。黒崎こそが本物の空手家だ、と。

 だが、その黒崎が暴力沙汰により破門されてしまった……元司は目標を失い何もかもが嫌になり、空手からも遠ざかって行った。

 その目標としていた黒崎が今、目の前にいる。現役時代と比べるとやつれ、髪もだいぶ薄くなってはいるが……背筋を凍りつかせるような鋭い雰囲気は、昔のままだ。


「荒川元司、か。お前が、プロレスラーになっていたとはな」


 低い声で言いながら、黒崎は元司を見つめる。

 元司は、彼から目を逸らした。胸の中にあるものを、上手く言葉に出来ない。言いたいことは山ほどあるはずなのに、何一つ出てこないのだ……。

 その時、ラジャが口を開いた。


「こちら、黒崎健剛さん……って、紹介の必要もないわよね。で、隣にいる若いのは草太。便利屋をやってて、色々と協力してもらうから」


 その言葉に、草太と呼ばれた若者が反応する。


「へっ、俺も? 何で俺が?」


「アンタ、どうせ暇でしょ! だったら協力しなさいよ!」


 有無を言わさぬラジャの勢いに、草太はたじたじになっている。一見すると軽薄な雰囲気であるが、人の善さが顔に現れている。きっと、根は真面目な男なのだろう。

 だが、それよりもはっきりさせなくてはならないことがある。


「ちょ、ちょっと待て。協力って何だ? 俺も、協力しなきゃならないようなことか?」


 ようやく言葉が出るようになり、元司はうろたえながら尋ねる。

 次の瞬間、三人の視線が一斉に集中した。


「はあ!? モトさん、アンタに協力してもらうためじゃないの! そのために、この二人に声かけたのよ!」


「協力って、何の協力だよ! わけわからねえうちに話を進めるな!」


「だから、アンタがマルコに勝つために協力すんのよ!」


「えっ……」


 さすがの元司も、一瞬であるが言葉に詰まる。この男(?)は、いったい何を考えているのか。


「この黒崎さんに、モトさんのコーチをお願いしたってわけ。今日は、チーム黒崎の結成記念日よ」


 ラジャの言葉に、元司はようやく我に返る。


「何を考えてんだ……こんな時代遅れのおっさんに、今さら教わることなんかねえよ。まともじゃねえだろうが、こんなの」


 言いながら、元司は黒崎を睨み付ける。だが、黒崎は無言のままだ。口を真一文字に結び、平然とした表情で元司を見つめ返す。

 その態度が、元司をさらに苛つかせた。


「だいたいな、あんた何なんだよ? 素人相手に喧嘩して、挙げ句に懲役かよ……どうしようもねえバカだな。あんたなんか、生きた化石なんだよ。あんたから学べることなんか、何もない」


「ちょっと待てよ」


 言ったのは草太だった。顔に怒りをみなぎらせ、元司の前に立つ。

 草太の身長は百七十センチ弱、体重は六十キロもないだろう……にもかかわらず、百十キロの元司を正面から睨み付けている。


「あんたに、おっちゃんの何が分かるんだよ? 事情を知りもしねえくせに、偉そうなこと言うな――」


「やめなさい草太」


 静かな口調で言いながら、ラジャが二人の間に割って入る。彼は、元司の方を向いた。


「モトさん、アンタ今まともじゃないって言ったけど……そもそも、まともなやり方して勝てる相手じゃないでしょ。アンタがマルコに勝つ気はないって言うなら、話は別だけど」


 その言葉に、元司はうつむいた。確かに、その通りなのだ。今から、まともな総合格闘技のジムに通い練習をしたところで、マルコに勝つ可能性は十パーセントもないだろう。

 マルコは、総合格闘技のための練習を積み重ねて来ている。練習の量、質ともに元司を遥かに上回っているのは間違いない。年齢も若いし、身体能力も高い。

 そのマルコに対し、今から彼と同じような練習をしたところで……勝負にすらならないであろう。

 そこまで考えた時、元司の頭に、一つの疑念が浮かぶ。


 俺は、勝ちたいのか?


 元司は格闘家ではない。格闘技の世界に身を置いていたが、今はプロレスラーだ。試合で勝つことに意味はない。

 では、何のためにDー1のリングに上がる? 無論、会社の宣伝のためだ。

 では、勝つ必要などない……。


 違う。


 単純な勝ち負けではない。これまで自分が何をやってきたのか、それを確かめるためだ。

 そのために、Dー1のリングに上がる。


 その時、肩を叩かれた。顔を上げると、目の前に黒崎が立っている。鋭い目付きは今も変わっていない。


「どうするか、早く決めてくれ。俺はともかく、便利屋は暇ではない」


 言いながら、黒崎は草太を指し示す。草太は不満そうな顔で、こちらを見ている。

 次いで、ラジャがにっこり微笑んだ。


「もちろん、アタシも協力するわ。まともじゃない連中が集まって、世界最強の男に挑む……これって、最高にそそられるシチュエーションじゃない?」










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