アガサ〜エレン・パーシヴァル
今回はエレン様視点で進みます。
時間あけて書いているので矛盾点あったらごめんなさいm(_ _)m
「あなたは産まれた時から病弱で、何度も死にかけたのよ」
それはもう何度も聞いた言葉だった。
外に出たい、女の子の格好をしたくない。
そう言った時は必ず母がそう口にした。
僕たちの住むエモト国の古い風習で、体が弱い男児は成人するまで女の格好をして病魔や死神から身を隠すと言うものがあるらしい。
おかげで僕は物心ついた時から女の子の格好しかしたことがなかった。
せめてもの救いは兄がいた事だ。兄がいなければ僕は女の子の格好が普通の格好なのだと勘違いしたままだっただろう。
そんな僕は、勿論屋敷の外に出たことはなく、会うのも家族とお母様付きの侍女、医者くらいだった。
9つの誕生日を迎えた時だった。
僕は母の言いつけを破り、兄の子供の頃の服を着ることに成功した。
初めて女の子の服以外を着てはしゃいだせいか、それとも女の子の格好をしなかったせいなのか、その日の夜、僕は高熱を出した。
母は取り乱して兄の幼少の頃の服を全て燃やしてしまった。
僕は取り乱す母とそれをなだめる父を見ながら意識を失った。
夢の中でも苦しかったのを覚えている。
そして、それが徐々に薄れて行くのも。
目を開けると、真っ黒な女の子がいた。
髪も目も黒なのだが、それだけではない。
肌も服も黒、いや、薄汚れていた。
僕と目が合うと、真っ黒な女の子はにっこり笑う。
満面の笑みだ。
「君は?」
僕がそう問いかけるのと、父が女の子を下がらせたのはほぼ同時だった。
女の子は僕の問いに答える事なく部屋から追い出すように外に連れていかれた。
「あれは治癒の魔法が使えるらしい。裏通りで買った子供だ」
目が覚めて良かったと僕はに泣きつく母の背を撫でながら父が言った言葉に驚く。
あの女の子が治してくれたという事もそうだが、あんな小さな女の子が売り買いされていると言う事が信じられなかった。
「あの子の名前は?」
何となく気になって父に尋ねる。
「ファミリーネームはカルペパーと言ったな。ファーストネームは売っていた男も子供も知らないようだ」
父はなんて事ないようにそう言ったが、それは彼女に名前がないという事だ。
「……ねぇ。それじゃあ、あの子のことアガサって呼んでいい?」
「アガサ?」
僕の問いに父が不思議そうに首を傾げる。
「うん。だめ?」
父と同じ様に首を傾げる。
「いや。構わないが、アガサとはまた随分な名前だ」
父はそう言って笑った。
「あの子、嫌がるかな?」
父の言葉に不安になってそう言うと、そんな事はないだろう、と頭を撫でられた。
それに嬉しくなって目を細める。
――苦しくて辛い、真っ暗なところから僕を引き上げてくれた。
アガサ。古い言葉で光りや日の出の意味を持つ言葉。
気に入ってくれるといい。
きっと、目が覚めた時に見た彼女の笑顔はずっと忘れないだろうと思った。
12歳にもなると体力もついて病気もしなくなった。
剣の稽古も始めたお陰かもしれない。
とうとう離れから出る許可を得た。
離れから母屋に移ると、僕が病弱でなければ過ごしていたはずだった部屋を与えられた。
それに伴い、侍女も付くらしい。
父に選ばれた四人の侍女の中に彼女はいた。
「よろしくお願いしますね」
きっと自分のことなど覚えていないだろうと思いながら挨拶した直後だった。
彼女は胸を抑えると突然倒れて意識を失った。
彼女は大部屋に運ばれて行ったまま、その日は戻って来なかった。
メイド長と共に、侍女たちに自分が男であることを伝え、他に漏らさない様にと注意をする。
その間、彼女が気になって仕方がなかった。
翌日、彼女は倒れたのが嘘の様に元気な姿で現れた。
「昨日は失礼致しました。今日からエレン様の侍女を勤めさせて頂きます。カルペパーと申します」
そう挨拶した彼女に、アガサという名前は気に入って貰えなかったのかと三年前の不安を思い出した。
それでも、そんな素振りは出さずに体調は大丈夫なのかと聞く。
返ってきたのは全く問題ないという言葉で安心した。
タイミングよく、ピアノの教師が来たと言われ部屋を出た。
「アガサ」
その一言が聞こえて思わず振り返った。
侍女の一人に呼ばれた様で彼女が返事をしていた。
部屋へ戻る途中、本当に彼女はアガサと名乗ってくれているのかと、名前を確かめてみる。
「ねえ、あなたアガサ・カルペパーだったわよね?」
「はい」
返って来た肯定の返事に、なぜか胸が暖かくなる。
――僕が考えた名前、使ってくれたんだ。
「年は幾つなの?」
そう言えば、まだ何歳なのかを知らないと尋ねると、九つだと返って来た。
僕の三つ下だ。
「ねえ、アガサと呼んでも良いかしら?」
彼女の名前を知ってから、ずっと聞きたかった事を口にする。
嬉しかった。彼女がその名前を使ってくれていた事が。
だから、その名前で呼びたかった。
「勿論でございます。お嬢様」
彼女は笑顔でそう言う。
「アガサ」
僕は三年前からずっと呼びたかった名前を口にした。
やはり、心が暖かくなった。