ヒロインじゃないのに嫌がらせされてます
早くもここでストック切れです。
更新遅くなると思いますがよろしくお願いします。
エレン様の侍女になり早数日。エレン様は私の中のエレン・パーシヴァルとかけ離れていた。
どう見ても悪役令嬢ではなく、ただの優しいお嬢様なのだ。
おかげで楽しく仕事をさせてもらっている。エレン様の侍女になれて良かったと思える。
しかし、厄介なことがあるのも事実だった。
最近、と言うよりエレン様の侍女になってから、私は先輩方から嫌がらせをされていた。
勿論、その先輩の中にエレン様の侍女になった3人は含まれてはいない。
廊下ですれ違うとぶつかったり、陰口を叩いたりとそこまで大した嫌がらせでは無かった。
しかし、9歳の体は大人とぶつかれば下手をすると吹っ飛ぶし、陰口を無視すると文句を言われることもあるので返事をしなければならなかった。
――陰口に一体どう返せっていうのかしら。
返事を返さないと怒るくせに、応えれば口ごたえと言われるのだからたまったものではない。
何より問題だったのは、仕事が遅れるのだ。
律儀に嫌がらせに対応していると自分の仕事を進めることが出来ない。非常に迷惑だった。
おかげで失敗ばかりしている私をエレン様は笑って許してくれた上に、心配までしてくれたがそろそろまずい。
いい加減に相手をしている場合ではないだろう。
そんな事を考えながら廊下を歩いていた私は前方に先輩の一人を見つけ思わず顔をしかめた。
「あなた、なにその顔。お嬢様の侍女にあるまじき顔ね」
もちろんそれは先輩に見咎められる。
――まぁ、そう言ってるあなたも充分ひどい顔してるけどね。
相手をしている暇は無いと、心の中でそう返して横を通り過ぎようとした。
「わっ」
しかし、伸びてきた足に驚いて歩みを止めた。
持っていた水差しを抱きしめて先輩を睨む。
「足をかけようとするなんて、危ないじゃないですか!こぼしたらどうするんです」
反射的に声を上げると、先輩は黙って私の水差しを奪い取った。
「さあ?どうするの?」
そう言って先輩のとった行動は私の予想を超えていた。
頭の上から冷たいものに覆われる。
水差しの中身をかけられたのだと気付くのに数秒を要した。
カラン、と床に水差しが転がる。
先輩は固まる私に背を向けさっさとこの場からいなくなってしまった。
「……拭くしかないじゃん」
まさかやるとは思わなかった、と肩を落として雑巾を取りに向かった。
走らないで急いで戻り、廊下にこぼれた水を拭き取る。水差しも回収してから私は自分に与えられている部屋に戻った。
濡れたままの格好でいるわけにもいかず、着替えてからエレン様の元へ向かう。
水指は新しいものと取り替えた。
今の気分は、さながら悪役令嬢に嫌がらせをされるヒロインだ。
――実際はその悪役令嬢の侍女なんだけれどね。
「すみません。遅くなりました」
ナタリー先輩に頭を下げてから水差しからグラスへと水を移す。先輩は一瞬、私を見て眉をしかめたがすぐに何もなかったようにそのグラスを持ってエレン様のベットに近づいた。
私に持って行かせないのは、最近失敗の多い私が何かやらかすかもしれないと心配しているのかもしれない。
ベットにはエレン様が寝ていた。
昨日の夜から熱が出たようで、今日は一日中ベットの上だ。
「ありがとう」
エレン様は体を起こすとナタリー先輩から水を受け取りグラスを傾けた。
水を半分ほど飲むと、エレン様がこちらを見る。
そして、先程のナタリー先輩と同じように私を見て眉を寄せた。
「アガサ」
少し硬い声で呼ばれて、何かやらかしてしまったのかと身構えながら、はい、と返事をした。
「あなた、なぜ濡れているの?」
エレン様は私の頭を見ながらそう言った。
タオルで水気は拭き取ってきたが、さっき掛けられたばかりの水は乾いていない。
ナタリー先輩とエレン様はどうやらそれに気づいて顔をしかめていたようだ。
「髪が跳ねていたので濡らして直しました。見苦しい格好をお見せしてすみません」
嫌がらせをされてます、と言うわけにもいかずに思いついた言い訳を口にする。
「アガサ、こちらに来なさい」
そんな私に、エレン様は厳しい目のままそう言った。
――まさか、ビンタとかですか⁉︎
粗相をしたからビンタはエレン・パーシヴァルならやりそうだ。しかし、このエレン様がまさか、と思いながら恐る恐るベットに近づく。
「寝癖を直すのに靴を濡らす必要があるなんて知らなかったわ」
エレン様は私の足元を見ながら怒ったように言った。
既に寝癖を直すためだと嘘をついてしまった為に、新たな理由を考えるわけにもいかず答えに詰まる。
「何か困ったことがあれば話しなさいって言ったわよね?」
そんな私を見かねたのか、エレン様が声をかけて来た。今度は怒っているというより優しくいい聞かせるように。
「あなた達、少しアガサと二人にしてくれる?」
エレン様は先輩方がいるせいで私が話しづらいのかと思ったようでそんな事を言い出した。
「かしこまりました。何かあればお呼びください」
ナタリー先輩はそう頭を下げるとザラ先輩とシェリル先輩を連れて部屋を出て行く。
部屋を出て行く際に見えた3人の顔は何故か微笑ましそうで私は首を傾げた。
「アガサあなた、メイドの誰かから嫌がらせを受けているわね」
二人になると、エレン様は早速本題だとばかりにそう聞いてくる。
「最近あなたの失敗が多いのもそれが原因ね?」
まだ嫌がらせをされていると肯定していないのに、エレン様の中では私が嫌がらせを受けていることは確定らしい。間違ってはいないのだが。
「あなたが名前を教えてくれれば、私がすぐになんとかできるわ」
エレン様はそう言うと、私をじっと見つめて答えを待つ。
「エレン様、ありがとうございます。でも、自分でなんとかしたいので大丈夫です!」
エレン様がなんとかするとなると、昔のメイド仲間がクビになるかもしれない。流石にそれは気の毒だし、そもそも主人の手を煩わせるわけにはいかないと、そう言って笑顔を見せる。
「……そう。でも無理をしてはダメよ。あなたはまだ子供なのだから」
エレン様は私の答えに困ったように笑うと、なんと、私の頭を撫でた。
――エレン様も十分子供ですけどね!
驚きと照れ隠しから心の中で叫んだ私は、エレン様の手を甘受した。