やっぱり魔法はわくわくする
少し(本当に少し)書きだめしてから連載を開始しましたが、話を書くのに当てられる時間が一日一時間ほどあるか無いかなので、ストックがなくなり次第亀更新になる予定ですm(_ _)m
エレン様のピアノのレッスンが終わり彼女を部屋までお送りした私は紅茶を乗せたカートを押していた。
次の魔法の勉強までまだ時間があるため、小休憩しているエレン様の為だ。
「エレン様、お紅茶が入りました。キノから仕入れたアールグレイ・グランドクラシックでございます。」
先輩がお茶菓子を用意しているのをチラリと見ながらティーカップに紅茶を注ぐ。
貴族御用達の店、キノから仕入れただけあって良い香りだ。
エレン様は私が淹れた紅茶を受け取ると、優雅に口をつける。
「美味しいわ。アガサ、あなた紅茶を淹れるのが上手なのね」
エレン様は、ほうっと息を吐くとティーカップを見つめたまま言った。
私は前世、無類の紅茶好きで紅茶党だった。
高級なものを飲む事も勿論あったが、安い紅茶をいかに上手く、高そうな風味にして飲むかにこだわっていた。
加えて、メイドなって数年。メイド長にお湯の沸かし方からカップに注ぐまでを厳しく教えられてきている。
それで不味い紅茶を淹れるわけがない。
私の淹れる紅茶はメイド1だと、メイド長のお墨付きだった。
しかし、その紅茶を美味しいと言っているのはエレン様だ。あの未来の悪役令嬢である。
驚かずにはいられない。
エレン様に驚かされるのにもそろそろ慣れてきてしまった気がする。
けれどやはり、それをおくびにも出さずお礼を言ってその場から下がった。
あとは先輩に任せ、私は次の魔法の勉強の準備をしなくてはならない。
教室として使われる部屋に入ると、既に別の先輩が用意を始めていた。
「ナタリー先輩、私は何をしたらいいですか?」
魔法についてゲームで得た知識以外ほとんど知らない私は何をするべきか先輩に声をかける。
エレン様付きになった先輩の中で一番年上の彼女は私に気付くと一旦手を止めて机を指した。
「取り敢えず、そこを片付けてくれるかしら。誰が読んだのかわからないけど、本を沢山出しっ放しにして行ったのよ」
たしかに、ナタリー先輩が指した先には本が山積みになっていた。
こんな事を使用人がする筈はないだろうから、パーシヴァル一家の誰かだろう。
私は何冊か手に取り本棚に一冊ずつ戻していく。
単調な作業を繰り返しながら、私はそういえばとずっと疑問だった事を先輩に聞いてみることにした。
「ナタリー先輩。今更なんですけどエレン様の侍女って今までの方はどうしたんですか?どうして突然私たちに変わったんでしょう」
何より、見習いだった私が選ばれたのが不思議だと思いながら聞いてみる。
「ああ、アガサは倒れちゃったから聞いてないのね。お嬢様は産まれたときから身体が弱かったから、今まで家族とお医者様以外とは会わないで育って来たそうよ」
先輩はよく分からないものを机に並べながら私の問いかけに答えてくれた。
私はその答えになる程と頷く。たしかにエレン様は儚げで病弱だと言うのも頷ける。
――ん?
「えっ、じゃあ剣術なんかやったら不味いんじゃないですか⁉︎」
病弱だと言うのに剣術などやって良いのかと思わず声を上げた。
「病弱だったからこそ、らしいわ。もう運動しても大丈夫だとお医者様にもお墨付きをもらったそうよ。だから鍛えて健康的な身体を手に入れるんですって」
もう何度か旦那様に指導して頂いたそうよ、と先輩は事もなさげに言う。
私はエレン様があの細い腕で剣を操る姿が想像出来なかった。
そうこうしているうちに、机の上はすっかり片付き、先輩も準備を終えていた。
「いよいよですね!後は先生とエレン様が来れば魔法の勉強が始まりますね!」
後は他の先輩がエレン様と先生を案内してきたら紅茶を出すだけになり、思わずはしゃいでしまう。
「そういえば、あなたわざわざ魔法の勉強の時にお茶淹れ係りになりたいってお願いしてたわね。そんなに魔法が好きなの?」
先輩ははしゃぐ私を見て少し呆れたような、それでいて微笑ましいとでも言うような複雑な表情をした。
先輩の言った通り、私は魔法を見たいがためにお茶淹れ係りになりたいと頼んだ。
私も治癒の魔法を使えるが怪我に手をかざして治したいと願うだけだ。
あまりぱっとしない。
これぞ魔法!と言うような魔法。私は、前世では存在しなかったそれを見て見たかった。
いくつになろうと魔法とはわくわくするものだ。今は9歳だが。
「だって、どんな事をするのか興味があって。杖とか使うのかな、使うよね」
先輩に答えると言うよりは自問自答するように口にする。
「アガサも魔力が目覚めれば、旦那様に言って予備学園に通えるんじないかしら」
私が治癒の魔法を使える事を知らない先輩がそう言う。
私の魔法の事は使用人には秘密にされていた。
魔物を退けるため一人でも多くの兵が欲しい国が、魔力に目覚めた平民に、三年間だけ無償で魔法を学ばせてくれる場所が予備学園だった。
その為、先輩は私も魔力が目覚めれば魔法が学べると言ってくれたのだ。
勿論、貴族や王家は家庭教師を雇う為予備学園には通わない。
「私はずっとここでメイドしたいので、今日ちょっと見られれば満足です」
本当のことを言うわけにも行かずにそう誤魔化すと、タイミングよく扉が開いた。
到着した先生が案内され部屋に入ってくる。
先生はローブを着ていたり、杖を持っていたりするわけでもなく、至って普通の格好だった。
少し残念に思いながら、すぐにエレン様もやって来たのを確認して紅茶の準備に取り掛かる。
一旦部屋を出た私は急いでカートを持って部屋に戻った。
二人の側にそっと紅茶を置く頃には、既に授業が始まっていて、魔法の性質に着いて先生が話していた。
「魔法には無属性魔法の他に火、水、雷、土の訓練次第で誰にでも使う事が出来る自然属性。そして血筋によって受け継がれる光、闇、そして変異などにより突然発現する治癒の特殊属性がありますが、ここまでは知っていますね?」
先生の問い掛けに、はい、と答えるエレン様を見ながら、私はなる程ゲームではここまで詳しく説明されていなかったと頭の中にメモを取る。
「そして、それらの魔法を使う為には魔力が必要になります。魔力は殆どの人間が持っていますが、何故か身分の高貴な方ほど高い傾向にあります」
ふむふむと聞きながら、流石乙女ゲーム、でも、ヒロインが平民だと何故か異常に高い魔力持ってたりするんだよね、と声に出さず相槌を打つ。
残念ながらこのゲームのヒロインは平民ではなく、現代日本からトリップして来た女子高生という設定だ。
「魔力は、生まれ持った素質もありますが訓練次第で強力になっていきます。お嬢様にはこれから授業の度、魔力の測定をしていただきます。少しずつ力を付けて行きましょう」
さっそく今日の測定をしましょう、と先生は円盤を取り出した。
分度器を二枚、円になるように付けたものに見えるそれを、エレン様は緊張した面持ちで見つめる。
「そこに手をかざし、魔力を放出して頂くだけです。魔力の放出は既に出来ると聞いています」
先生は説明しなくても大丈夫ですよね、と言いたげにエレン様を見た。
エレン様は頷き、円盤に手をかざす。
何も変化が起こったようには見えなかった。
しかし、先生とエレン様には変化が分かったようで先生は驚いたような、エレン様はほっとした様な顔をする。
二人の視線の先を辿ると円盤の中心から伸びた針を見ていた。
どうやら針が動いて魔力の強さを数値で表しているらしい。
バレない様にこっそり覗いてみると、針は真上を向いていた。
それを見て、私はパーシヴァル家のメイド見習いになった時に同じ事をしたのを思い出す。
メモリの大きさも同じだから全く同じものだろうから、針は真下がゼロの筈だ。
そう思って数値を確認すると、やはり真下にゼロと書いてある。
――私の時は七時の方向までしか向かなかったのに。
時計回りに数値が上がる円盤を見ながら複雑な気持ちになった。
なにしろ、もう何年か前とはいえ私とエレン様の数値の差は6倍程あるという事になる。
私の魔力が弱いのか、エレン様の魔力が強いのか。もしかするとその両方かもしれないが何と無く悔しかった。
その後の授業は、特に杖を振り回したりするでもなく、魔法らしい魔法を使うこともないまま終わりを迎えた。
――なんか、思ってたのと違う。
ゲームでは炎や水や氷などを操っていた。何か派手な演出でもありそうだと期待していた私は肩透かしを食らった気持ちで先生を見送った。