全てとは言いませんが思い出しました
一人称で書いているので、台詞以外でも書き言葉ではなく話し言葉を使って文を書いているところが出てくるかもしれません。
よろしくお願いします。
広く華やかな部屋の中。
メイド見習いの私は数人の先輩メイド達と共に一列に並んでいた。
メイド長に突然呼び出された時は、何かやらかしたのだろうかと不安だったが、集まっている顔ぶれからしてどうも違うらしい。
しかし今度は、ベテランの中に一人、見習いの分際で混ざり込んでいる事が場違いに思えて緊張する。
――一体、何事なのかしら。
今まで培ったメイドの基本を活かし、不安などおくびにも出さずに考える。
その時だった。
奥の扉が開き、メイド長が恭しく一人の少女を案内してくる。
それが分かった私たちは頭を下げて少女とメイド長が部屋に入ってくるのを待った。
「この方が、あなた達がこれから仕えるエレン様です」
メイド長のその声に先輩達が顔を上げる。
――まさか、私がお付きのメイドに⁉︎
まだ見習メイドの私は客人の前に出ることはおろか、屋敷の方へ給仕する事も許されていない。
それなのにそんな事があるのだろうかと思いつつ、興奮しながら顔を上げた。
そこには、緩くウェーブする銀糸を腰まで流し、アメジストが覗く大きな目を、困ったように垂らした美しい少女がいた。
「あなた達には、これからエレン様の専属になってもらいます」
メイド長のその一言で私は心の中で悲鳴をあげた。
勿論、歓喜の悲鳴だ。
「よろしくお願いしますね」
あくまで表面上は冷静を装っていると、エレン様がメイド長の隣で微笑んだ。
――か、可憐だわっ!
その笑顔に胸を貫かれた私は、如何なる時も冷静に、の、メイドの心得も忘れ心臓のあたりを両手で掴む。
思わず息も荒くなり、慌てて整えようとするがなかなか落ち着かない。
「カルペパー?」
隣にいた先輩が訝しむように私を呼ぶが応えることが出来なかった。
「カルペパーっ!」
少し慌てたように私を呼ぶメイド長の声を聞いた時、私の視界一杯に臙脂色が映る。
――あ、私倒れたんだ。
その色が絨毯の色だと思い出し、そのことに気づいた私はそのまま意識を失った。
六畳ほどの部屋の中、一人の女性がテレビと向かい合ってゲームをしている。
私はこれは夢なのだと、その光景を眺めていた。
女性は画面の中のキャラクターを操っては抱えたクッションを叩いて悶えている。
そんな光景をみながら、私、アガサ・カルペパーは自分が転生したという事を思い出していた。
その転生した世界が、今まさに目の前でプレイされている戦闘系と銘打った乙女ゲーム、異世界の戦女神だという事を。
だらしない顔でテレビの画面を見つめているのは前世の私だ。
戦闘系と銘打ったせいか、あまり人気の出なかった乙女ゲームにはまり込み、全ルートクリア済みのオタク気味な女子だった。
――せっかくヴァルキューレに転生できたけど、物語に全然関わらないモブかー。
前世の記憶を取り戻した私はそんな事を思いながらもほっとする。何故なら、この異世界の戦女神は、乙女ゲームの割には人がよく死ぬ。
ハッピーエンドでも、ノーマルでも、バッドエンドでも人が死ぬ。
唯一メインキャラが死ぬ事がないのが、騎士見習いルートのバッドエンドか、大魔法使いの孫ルートでのバッドエンド、第三皇子ルートのハッピーエンドとライバルキャラの兄とのハッピーエンドだ。
――あれ?意外と全員生存エンド多い?いや、15種類あるエンドで全員生存出来るのが4つはすくないよね。
そこまで考えたところで私はハッとした。
私が使えている屋敷はパーシヴァル家だ。ヒロインの攻略対象でありライバルキャラの兄の名はクリス・パーシヴァル。
そしてこれから使える事になった少女は、エレン。
「嘘だぁぁぁっ!」
可憐なあの少女こそがそのゲームの悪役令嬢だという事に気付いた私は大声で叫びながら目を開けた。
「っ!?カルペパー、気が付いたのね」
叫びながら起き上がると、メイド長が私の声に驚いて振り返ったところだった。
メイド長はすぐにいつも通りの落ち着いた様子に戻ると私の横に立つ。
どうやら私は自分のベッドまで運ばれて寝かされていたようだ。
「カルペパー、大切な話があります。エレン様の専属侍女に選ばれた者達にはすでに話しましたが、あなたは倒れてしまっていたので今話します」
メイド長の言葉にアガサ・カルペパーである私は浮き足立つ。
それと同時に前世の私である阿笠琴乃は震え上がっていた。
エレン・パーシヴァルはほぼどのルートでも死亡するライバルキャラであり、悪役令嬢だ。
あの可憐な微笑みを見た後では信じ難いが悪役令嬢なのだ。
そんなエレン様の専属メイド……。
――嫌すぎる上に、危険だ。
ないとは思うが、万が一エレン様が死亡するルートに巻き込まれでもしたらたまらない。それに、身近な人間が寿命以外で死ぬかもしれないというのも恐ろしい。
しかし、断ることができないのが現状だった。
私はただのメイドであって意見できる立場ではない。
メイドをやめようにも、今の私は9歳でここをやめたら生きてはいけない。
私の両親は物心ついた時には居なかった。
この世界で珍しいと言われる治癒の魔法を使えた私は両親に売られたらしい。
ろくに食事も与えられず金儲けの道具として使われていたときに、パーシヴァル公爵夫人と出会い気付けばメイド見習いとして屋敷に引き取られていた。
きっとパーシヴァル家の人間に何かあった時の保険として引き取られたのだろうと思っているが感謝している。
今では汚れた服を着なくて済む上食事もお腹いっぱい食べることができるのだ。
そんな恩もあって、私はここをでることはできない。
「あなたは昨日まではメイド見習いでしたが、今日からエレン様付きのメイドです。しっかりやるのですよ」
過去を振り返っていた私はメイド長が締めくくるようにそう言ったことで意識を戻した。
――まずい、聞いてなかったわ。
大切な事だというのに聞き逃してしまっていた。
聞きなおした方が良いのだろうが、そんな事恐ろしくて出来ない。
――後で先輩に聞こう。
私はそう決めると、もう今日は休むようにと言われたことに甘え再びベッドに横になった。