昇格へと向かう
「ワイス! ねえ、ワイス!」
何者かに揺らされて、目を覚ました。
誰だろうか、いや、リネだな、この声は。
「なに? もう少し寝させてよ、リネ」
「寝させてなんて言ってられないよ! 今日は昇格の証として新しい冒険者プレートがもらえる日だよ!」
ああ、そうだった。俺は、俺たちは、昨日、上級冒険者への昇格が決まったんだった。でも――
「別にいつでもいいでしょ、ギルドに行く時間なんて。僕は昨日の疲れがたまってて――」
「いいでしょ? 昔は魔力の枯渇なんてしょっちゅうなってたんだから!」
「昔は冒険者としての活動がハードじゃなかったからどうにかなったんだって。薬草の採取とか、町の人の手伝いとか。その間に魔力を使う訓練してもどうにかなったんだって。今は戦闘クエストしかほとんど受けてないから、疲れるんだよ」
「もー、年取った人みたいなこと言ってー」
そう言ってリネは私あきれてますよ見たいな目で見てくるが、当然だ。俺には前世というものがあるんだから。
しかしだからと言っていつまでもだらだらと休憩してばっかりでもいけないか。
ここはリネの言うとおりに、さっさと動き始めて、体を活性化させていくか。
「仕方ないなあ。それじゃあ、さっさとギルド行っちゃおうか」
「やった!」
家から出て、商業街を進む。もう日は高く昇っていて、明るかった。
ティエン商業街にはたくさんの人がいて、ものを売り買いしている。この国、リューネス王国の端っこにある、ティエン最大の商売通りだ。
「おーっす。ワイスの坊主にリネの嬢ちゃんじゃねえか」
「おはようございます、ゼスさん」
「おはようございまーっす!」
ゼスさんは手に持っていた魚を放り投げると、こちらへとやってきて、話しかけてきた。
「聞いたぞ、お前ら。上級冒険者に昇格するんだってな。生まれてからいままでお前らのことを見ていたが、ここまで成長するなんてなあ……感慨深いな」
ゼスさんはうんうんと首を振っていた。
放り投げられた魚が飛び跳ね、暴れまわっている。
「ちょ、ゼスさん魚、魚。暴れまわってますよ」
「ほんとだな。俺は今包丁を持っていないから殺せないんだが、お前に任せられるか? ワイス」
「仕方ないですねえ。いい準備運動になると思いますし、いいですよ。ただ、次からは報酬をもらいますからね」
懐に入ったナイフを取り出し、周りに人がいないのを確認し、投げつけた。
ナイフは魚の頭部を貫通し、そのまま地面へと突き刺さった。
生命維持に必要な器官を破壊された魚は、しばらく痙攣していたが、息絶えた。
「終わりましたよ。魚も、魔物の一種なんですから気を付けてくださいね」
「私たちがいたからよかったものの、ねえワイス」
「わかってるんだがよお、漁師が拘束魔法かけて出荷するもんだから、どうしても気がゆるんじまうんだわ。お前は何もしてないだろうが、リネの嬢ちゃんよお」
「私が朝連れ出したから、ワイスはここにいるんですう」
この世界では、人間以外の生物はすべて魔物になっている。
ゴブリンのような人間に害をなす魔物。
花のように、人間に捕獲され、観賞用とされる魔物。
様々な魔物が存在するが、その中でも魚は人間に捕獲され、食料となる。捕まえられた魚は、拘束魔法をかけられ、出荷される。
「拘束魔法は多少の衝撃を与えると解けてしまうので、丁寧にしないといけないのを忘れないようにしてくださいね」
「まあまあ、悪かった悪かった」
ゼスさんは反省する様子もなく、ガハハと笑った。
全く、この人は。
「ほんっと変わらないですね、ゼスさんは。そう思わない、ワイト」
「確かにそうだなあ」
気さくで、雑で、面倒見がよくて。
昔、冒険者稼業で毎日稼いで、でもお金が足りなかったというときに、よくご飯を恵んでくれた。
「お前らは、これからもっと上に行ける。俺はそう思ってる。だから何回つまずいても、くじけるなよ」
「はい!」
「わかりました、ゼスさん」
リネ、そして俺と二人で返事をし、ギルドへの道をまた進み始める。
「くじけるな、か。僕らは今までもくじけずにやってこれた。だからこれからも」
「これからも、進み続けられるよね、ワイト!」
「そうだね」
道をさらに進んだ頃、リネが唐突に声を上げた。
「あ! そういえば、もらえる報酬ってなにかなあ。やっぱり普通にお金かなあ。……ああ、気になるなあ」
「もしかしたらこれで貧乏生活も脱出できるかもね」
昔ほどではないが、今も貧乏なことに変わりはない。
もしお金が手に入るのであれば、久しぶりに、ごちそうを食べたい。
ギルドへの足取りが少し軽くなった気がした。