繰り返し
前方、後方――四方を囲まれた。逃げようとしても、包囲を抜け出すことができない。
「うあああっ!」
「えっ、ええええ!」
一か八か、突撃する。ダガーを片手に、前方のゴブリンに迫る。
柔らかい感覚。ゴブリンの首に食い込んだ刃は、豆腐を切るかのように振り抜かれた。
「あっつ! リネの魔法どんだけ熱いんだよ!」
「わ、わかんないよお!」
ものすごい熱を感じる。炎滅魔法の凄まじい威力が、二次災害としてこっちに飛び火した。無理やり熱を持つ身体を動かし、前へと進む。
少し振り向けば、アブゾーブゴブリンたちは炎のせいで視界が悪いらしく、反応に遅れていた。よかった――
「あとどのくらいで外行けそう?」
「わかんない! でも、もう少しだと思う!」
燃えるゴブリンを背に、全力で走る。魔力の回復してきたリネが、魔法障壁を張り、飛び道具を無効化する。
やっと安定してきた、そう思った瞬間。
「ど、どうしよう! ねえ、これは危険! 危険!」
振り向くと、足が盛り上がったゴブリンが、猛スピードで走ってきていた。
「フォースゴブリンは身体の一部ならどこでも強化できるってわけか!」
「このままじゃ追いつかれちゃうよ!」
迫る影は異常な速さで近づいてくる。こっちなんて、魔力循環でやっとだというのに。
「もう追いつかれるよお! どうするの!」
「魔法! 撃てない?」
「障壁張るので精一杯いい!」
俺ももう身体に循環させる分しか残っていない。武器強化は、もうできない。
ついに追いついた一体のゴブリンが勢いのまま、足を収縮させ、次の瞬間盛り上がった腕を振った。振られた左腕を、右に避けようとする。
「うっくっ……」
風切り音とともに何かが割れる音。おそらくリネの魔法障壁が、ゴブリンの攻撃を受け割れてしまったのだろう。二枚割れた音がし、金属音が続けて起こった。
「ああっ――――」
鈍い音。すぐ後ろを見ると、折れた杖と、真っ赤に塗れ、潰れたトマトが――
「リネ? あれ? ニンゲン? あれ?」
心のうちで、何かが崩れる音がした。俺が担いでいるのはリネで、リネは人間で――じゃあ俺が今担いでるのはニンゲンで人間でリネで――
歩みを止めた俺に、ゴブリンの腕が振るわれた。
時よ、戻ってくれ――
『折れないで、諦めないで』
声は俺の心を強くする。
ついに追いついた一体のゴブリンが勢いのまま、足を収縮させ、次の瞬間盛り上がった腕を振った。振られた左腕を、振り返り、ダガーで受け止める。
リネの障壁が発動した。障壁は押し返され、ダガーを折ろうと反発する。
障壁が一枚、そして二枚と割られ、ゴブリンの腕は俺のダガーの腹を捉えた。
「うっく……」
どうにかして拮抗させてはいるが、このままでは――
「もう二体来てるよ!」
大声に少し怯んだゴブリンの隙を見計らって、飛び退く。
さっきまでいたところに、三本の腕が沈んだ。轟音とともに、地面にひびが入った。それに呼応するかのようにダガーがピキピキと音を立て、砕け散った。
まともな武器は、もう無い。安物のナイフ、それだけだ。
戦う手段がない。すぐに後ろへ振り返り、走った。
「どうするの? もう何もできないよお!」
「とにかく逃げるんだ! 攻撃がきたら、教えて!」
「わかった!」
暗闇の森の中を走る。リネの言葉に合わせるように、右、左と避け続ける。避けきれず、リネの障壁が何度も割られた。
逃げる、逃げる、逃げる。
しばらくすると、攻撃されることがなくなった。振り切ったか。
「振り切った?」
「いや、違う! 囲まれてるよ!」
ゴブリンが、俺たちを包囲していた。おそらく、回り込んでいたから攻撃をしなかったのだろう。
強化によって膨らんだ胸板が、突破の可能性のある口を塞ぐ。どうにかして逃げようと、ゴブリンを跳び越えようとした。リネを抱えているからか、魔力が枯渇してきたのか、高く跳ぶことができなかった。
大きな爆発音が聞こえた。ふと遠くを見ると、足の膨らんだゴブリンが、包囲を飛び越え、猛スピード向かってきた。
目にゴブリンの腕が映り、轟音が聞こえた。
時よ――
『直接助けてあげることはできないんだよ』
声が聞こえる。
ゴブリンが、俺たちを包囲していた。おそらく、回り込んでいたから攻撃をしなかったのだろう。
強化によって膨らんだ胸板が、突破口を塞ぐ。どうにかして逃げようと、ゴブリンを跳び越えようとした。リネを抱えているからか、魔力が枯渇してきたのか、高く跳ぶことができなかった。
――何かが来る。
「リネ! 全力で障壁を!」
「わ、わかった!」
三枚の魔力密度の大きい、輝く障壁が展開された。
爆発音が聞こえた。ゴブリンが飛んでくる。障壁はゴブリンと重なった。
大きな衝突音。ガラスの続けて割れる音。一拍を置いて、障壁に当たり、軋む音が聞こえた。
とてつもない勢いのゴブリンの軌道から外れようと動き始める。
三枚目も割れ、俺たちを包囲していたゴブリンの一体と衝突した。
「道が開いた! いけるよ!」
「わかった! しがみついてて!」
ゴブリンを踏みつけ、跳び越える。
「うえっ――」
足を掴まれた。靴が脱げ落ち、俺の身体は投げ出された。
とっさに受け身を取ったけれど、勢いを殺しきれず、リネを抱えていた腕の力が緩み、離してしまった。
「――っつ!」
「きゃあっ!」
「リネ!」
顔を上げ、リネの方向を見ようとした。巨大な足が、リネの頭の上にあり、そして――ガラスの割れる音とともに、赤い絵の具が飛び散った。
視界が、真っ赤に染まった。
時――
『本当に、直接は駄目なんだ。ごめんよ』
声は、繰り返す。
強化によって膨らんだ胸板が、突破口を塞ぐ。
足に力を込め、突撃する。魔力を集中させ拳を強化し、分厚い胸板目掛け腕を振りぬく。
「うっりゃあ――あ?」
硬い胸へと振る腕、やわな攻撃では止められると思い、全力で動かした。だけど、その腕は盛大に空振って、勢いのまま俺の身体は投げ出された。
潰れた。
戻――
『ごめんよ。本当に』
また、繰り返す。
『ごめん』
何度も。
『ごめんよ』
何度も。
『本当に、ごめん』
何度も。
『ああ、やっとだ。やっと、どうにかなるよ』
声は、歓喜していた。