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包囲される

 光が見えてきた。出口だ。だけど油断するな。感覚を研ぎ澄ませろ。周りの音に、景色に、集中しろ。


 ガガッ、と足元から音がした。


「下だ、下からくる!」


 言葉とともにその場を飛び退き、体勢を整える。一拍をおいて、緑色の手が飛び出してきた。

 呪文の詠唱を終えていたリネが、氷結魔法を放ち、四本の腕をその場に縛り付けた。


「まだ下に敵がいるかもしれない。気をつけて」


 辺りを警戒する。音はしない。下に潜んでいたゴブリンはもういないらしい。リネもそう思ったのか、こっちにやってくる。


「大丈夫! 多分もう敵はいないと思う!」

「僕もそう思う。でも警戒しながら進もう」


 ピクリとも動かない氷の塊を他所に、進む。見えている光へと、一歩一歩確かめ、集中しながら進む。


「やっと、外に出れた!」

「私、もう一生出れないかと思った」


 外へと出ることができた。だけど、油断することはできない。さっきまでだって、油断せずに来たから対処できたんだ。そうでなきゃ、もう死んでるはずだ。


 外へ出てからの第一歩を踏み出そう、とした瞬間――


「――っ!」


 視線を感じた。どこから、どこからだ。


「ねえ、どうし――っ?」


 リネの口を閉じさせ、一緒に木の影へと飛び込む。視線は、なくなった。


「……ほんとにどうしたの、ワイス」


 小声で聞いてくるリネに、これもまた同じように小声で返す。


「……視線、感じなかった? 今はないけど、さっきまであった」

「……全然気付かなかった。外出れて、気が緩んでたのかも」


 二人で息を潜め合いながら、さっきまでの視線の主を探す。じっくりと、じっくりと。

 森は音が消え去っていて、まるで嵐が来る前みたいだ。

 その静けさが、俺の集中を高めていく。


 見つけた。木々の緑の中に、その濁った色を隠しきれていないものが一つ、いや二つ、三つ――


 いくらなんでも、多すぎる。景色の中に、森を埋め尽くさんばかりのゴブリンがいる。この森に入ったときには既に、包囲されていたとでも言うのか。


「……囲まれてる。最初から僕たちは、泳がされていたのかもしれないよ」

「そんなっ――!」


 リネの小さな悲鳴でさえ、今の静まり返った森には、響く。


「大丈夫だって、だからどうにかして逃げよう」


 リネを落ち着かせるためにそんなことを言うけれど、正直、俺も怖い。深呼吸をして、一旦落ち着く。


「どうして、今までこんなにいたことに気付かなかったんだ?」

「……たぶん、隠蔽魔法。マジシャンゴブリンか、その上位種のウィザードゴブリンとかがいたんだと思う」


 隠蔽魔法か。確かに、そうかもしれない。俺がもっと、もっと早くに気付くことができれば……

 今更、後悔していても仕方がない。隠蔽魔法が使えないこっちは、見つからないよう、慎重に進んでいくしかない。


「多分そろそろ、一体か二体、敵の視界から外れた僕らの場所を探しに来ると思う。移動していこう」

「わかった。……本当にごめんなさい。私に隠蔽魔法が使えれば……」

「仕方ないって。僕だって、索敵魔法が使えないばっかりにこんな状況になったんだから」


 少しづつ、見つからないように、移動していく。黒に染まった森の中だ、這いつくばって移動すれば、そう見つかることはないだろう。


 ガサッ、と音がした。リネは声にならない悲鳴を上げ、震えている。


「大丈夫、大丈夫だから」


 一緒に、音を少しも立てないように、呼吸を落ち着かせる。だけど、心臓の音はどんなに落ち着こうとしても、大きくなるばかり。

 音はどんどん遠ざかっている。よかった、まだ見つかっていない……

 ほっと肩をなでおろした、その時――隠れている茂みを覗き込む、二つの、淀んだ褐色の瞳と目が合ってしまった。


 ――まずい。気が付いたときにはもう遅い。その瞳の下の口の端は、スルスルと釣り上がっていった。


「逃げろっ!」


 リネを起こし、手を引いて走り出す。魔力を廻せ。身体を強化しろ。追いつかれるな。


 ゴブリンはキシャキシャ笑い声を上げている。こっちに敵が押し寄せてくるのも時間の問題だ。


「ま、待って! 足が疲れて、もうっ」


 リネはもう限界らしい。魔力を循環させる能力が低いんだから、当然か。でも、止まるわけにはいかない。ゴブリンの足音は、どんどん増えて、もう既に、すぐ後ろまで迫ってきている。


「わかった、だけどしがみついてよ!」

「え、なっ、なに――いいい!」


 叫ぶリネを無視して、肩に担ぐ。


「もう走らなくていいから、攻撃して! 大規模魔法で!」

「わ、わかった! がんばる!」


 魔法の詠唱をさせながら走る。魔法を放つまで、耐えなければいけない。


 さっきまではまだ弱めだった足音が、どんどん強くなってきている。速くしなければ、二人一緒に――


「――うおっ!」


 走っていた場所のすぐ隣に、矢が突き刺さった。危ないところだった。


「リネ、まだっ?」


 まだ詠唱中らしく、言葉は返ってこない。少しづつ、周りに突き刺さる矢の数が増えてきた。――矢が一本、顔のそばを通った。


「危なっ!」


 もはやこれまでか。


「いけるよ!」


 ――そう思った瞬間。タイミングよく、リネの詠唱が終わった。


「よし。撃て!」

「いっけええ!」


 一瞬振り向くと、そこには炎滅魔法をその身に浴びて、焼け、溶けていくゴブリンの集団の姿があった。

 どうにかして数を減らすことができた。だけど、この程度では、まだ追ってくる敵も多いはず。歩みは止めずに、問いかける。


「次、撃てる?」

「無理! 魔力足りないよお」


 どうする。このまま逃げていても、駄目だ。魔力の循環は消費が少ないとはいえ、無いわけではない。そのうち捕まるだろう。考えろ、考えろ……


「あっ!」


 リネが唐突に声を上げた。


「どうしたの? 何かあった?」

「森が、森が燃えてる!」

「え、ええええ! それってさっきの炎滅魔法のせいでしょ、絶対!」

「私悪くないよお!」


 でも、考え方を変えれば、良かったのかもしれない。火は敵の行動を阻害できるし、街の人に異常を知らせることもできる。こっちまで火がやってこないことを祈ろう。


「上っ!」


 声にとっさに反応し、左に避ける。横からゴブリンが降ってきた。ゴブリンはこっちに避けられたことを気にする様子もなくやってくる。


「どうしよう、このままじゃあ追いつかれる!」

「私もう魔法撃てないからよろしく! これ以上は枯渇しちゃう!」

「え? ちょっ!」


 すぐ右後ろを走るゴブリンの攻撃を、前に左に避ける。一発でも当たったりしたら、終わりだ。避けろ、避けろ……


「右っ! 右に避けてええ!」

「は? えっ――」


 右にゴブリンがいるというのに、どうやって避ければいいのか。戸惑っていると、金属音とともにリネのうめき声が聞こえた。

 驚いて振り向くと、新たに出てきたゴブリンの腕が、リネの杖によって受け止められていた。

 ゴブリンの腕は筋肉で異様に盛り上がっていて、受け止めているリネの杖が今にも折れそうなほど、ガタガタいっている。


 やがて勢いをなくした腕を戻し、ゴブリンは停止した。


「ありがとう、リネっ!」

「どういたしましてえっ! あれはフォースゴブリンだよ。身体の一部を一定時間強化できるってやつううう!」

「な、何?」


 嫌な予感がする中、後ろを向くと、腕の盛り上がった数十体のゴブリンが、燃え盛るゴブリンをこちらへと投げつけてきた。


「うっそお! うわっ!」


 俺たちを追っていた一体のゴブリンがそれに当たり、燃えた。投げられたゴブリンは、燃えていることをものともせず、立ち上がり、走ってくる。


「ア、アブゾーブゴブリン! どうしたらいいのおお!」


 本当に、どうしたらいいんだ。

 流星群のように、煌々と緋色に燃える塊が降ってくる。


「――えっちょっ!」

「嘘でしょおっ!」


 前方、後方――四方を囲まれた。逃げようとしても、包囲を抜け出すことができない。

 一瞬の硬直を見逃さず、ゴブリンは一斉に飛びかかってくる。ダガーを振り回し、どうにか距離を取ろうとする。

 一体のゴブリンは殺すことができた。しかし、すかさず流星が降ってくる。また動けなくなった。


 熱が体力を奪い、動きが鈍くなっているのを感じる。その瞬間を待っていたかのように、ゴブリンの一体が腕を振って――俺の身体を、傷つけた。


 麻痺毒が身体を回っていく。熱いからか、毒がぐるぐる回るのがわかる。身体が動かなくなり、横に倒れた。


「リネっ、逃げて……」

「無理だよ! そんな……」


 言葉を出す余裕もないくらいに、麻痺は急速に進んでいく。ゴブリンは腕を振り上げ、俺の胸目がけて振り下ろした。


「ねえっ、待ってよ! 置いてかないでよ! 一緒だって、約束したのに! ずっと、これからも――」


 俺は、死ぬのか。そんなの、嫌だ。このままでは、リネは死んでしまう。嫌だ。嫌だ。そんなことになってしまうなら。


 時よ、戻ってくれ――




『逃げるんだ。ただひたすら、ひたすら』


 声は、俺を突き動かす。

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