第二の変異種
「やった、当たった!」
火炎魔法をその身に受け、ゴブリンは紅く燃え苦しんでいる。隣は、ほっと息を吐き、力を抜いていた。気を抜いているリネを一喝する。
「まだ終わっていない。まだ警戒してて」
「わ、わかった」
油断はしない。敵が倒れ、動かなくなるのを見届ける。
「動かないけど、まだ生きてると思う?」
「私はもう死んでると思うけど……心配ならもう一度攻撃したらどう?」
「そうだね」
魔力をナイフに纏わせ、ゴブリンの元へと近づく。死んだふりの可能性もある。奇襲に備えて、一撃でいく。
心臓のあたりに向け、ナイフを投げつける。刺さった瞬間、ゴブリンはこちらへと目を見開き、立とうとした。しかし胸に突き刺さったナイフのダメージを耐えきることができなかったのか、倒れ込んだ。
生きていた。火炎魔法で死ぬはずのゴブリンが生きていたということは、こいつは変異種か。
よく見ると、火炎魔法を受けていれば燃え焼け落ちるはずの体は燃え尽きることなく、存在している。それが、我がものであるかのように。
「リネ、魔法を受けても傷を全く負わないゴブリンの変異種は、どのくらいいる?」
「それなら何体かいるけど、これはたぶんアブゾーブゴブリンだと思う。伸びたツノが角ばってて丸っこくないし。魔法に対する耐性がすごく強いの」
変異種が一体いるということは、ここはかなり規模の大きな巣、それに一体いれば他にもいる可能性は高い。ここは気をつけて行かなければ。
「リネ、ここはかなり大きな巣だと思う。僕たちだけじゃあたぶん無理だ。手に負えない。警戒しながら街へ戻って、応援を呼ぼう」
「わ、わかった!」
二人背中合わせで、前後左右警戒しつつ巣から外へと向かっていく。
「いた、変異種よ!」
たぶんさっきと同じアブゾーブゴブリンだろう。色が少し濃いが、ツノの特徴は同じだ。
「アブゾーブゴブリンだよね?」
「たぶんそう。……いやでも……」
さっきと同じように魔力を身体に循環させ、ダガーに魔力を纏わせる。
一瞬で近づき、勢いに任せ切りつけようとしたその時――
「ワイス、行っちゃダメ! それはアブゾーブゴブリンじゃない! それは――」
俺は止まろうとするが、勢いを殺すことができず、俺のダガーはゴブリンの首へと食い込んだ。
通らない。振り抜けない。食い込んだまま動かない俺のダガーをそのままに、ゴブリンはニタリと笑いこちらへと手を伸ばす。
「――レジストゴブリンよ!」
「なっ――」
アブゾーブゴブリンと違い、物理攻撃に耐性のあるレジストゴブリンは俺の身体を掴み、力を加える。身体がギシギシいっている。痛い、痛い、痛い。
「うっ――ああああ!」
痛みのままリネの方を向いた。こちらの方をリネは呆然と立ち尽くし、見ている。すぐさま魔法の詠唱を始めるが、もう俺は間に合わないだろう。
「逃げろ、リネ!」
「でも……」
「いいからっ――うぐあああ!」
外へと走っていくリネ。でもその先にはゴブリンが集団で行く手を阻んでいた。
「リネッ! ……あっ――――」
ポキリ、と何かが折れる音がした。
死にたくない。リネを死なせたくない。こんなところで、終わってたまるか。
時よ、戻ってくれ――
『次こそは、先へ進むんだ。折れちゃいけない、絶対に』
声は、俺を立ち直らせる。
二人背中合わせで、前後左右を警戒しつつ巣から外へと向かっていく。
「いた、変異種よ!」
たぶんさっきと同じアブゾーブゴブリンだろう。色が少し濃いが、ツノの特徴は同じだ。
――いや、違う。こいつはアブゾーブゴブリンではない。似てるけど、違う。
「リネ、たぶんあれはアブゾーブゴブリンじゃない。なんだと思う?」
「えっ……アブゾーブゴブリンじゃない……特徴が似ている……色が少し濃い……わかった! レジストゴブリンだ!」
「そうか、そういえば! リネ! 魔法の詠唱を!」
「りょーかい!」
近づけば攻撃が受け止められ、危険だ。こっちへ向かってくるゴブリンの動きを止めるため、魔力を纏わせたナイフを何本か投げつける。
「いっけええええ!」
リネの叫び声とともに、閃光がほとばしる。雷撃魔法がレジストゴブリンに直撃した。
「――ッギィィィ!」
断末魔の叫びが上げられ、ゴブリンは電池の切れたロボットのように動きを止め、倒れ込んだ。
「よしっ!」
「やった!」
倒すことができたけど、あれだけ大きな叫び声を出されると、敵がよってくるかもしれない。
「急ぐよ! いつ敵がやってくるかわからない!」
「うん!」
俺たち二人には索敵能力がない。だから、慎重に、でも素早く行くことが大切だ。一歩ずつ周りを見ながら進む。
光が見えてきた。
「出口だ! 気をつけて戻るぞ!」
「わかった――っきゃあ!」
「リネ? どうし――うわっ!」
リネの声に振り向こうとしたとき、何かに足を取られた。
何に、足を。確認しようと下を向くと、そこには地面から生える二本の緑の腕があった。
――まさか、ゴブリンが。すぐにリネの足元を見ると、そこにも緑色の腕が生えていた。
「リネ――いつっ!」
足に爪が食い込んだ。リネも同じようになったのか、苦悶の表情を浮かべ、うめいていた。
この腕の先の爪にはたぶん、麻痺毒が塗ってある。もう、どうにもすることができないのか。
少しづつ、視界がぼやけていく。身体が動かなくなった。ボコボコと音がする。地面からゴブリンが這い出てきたらしい。
キシキシと笑い声が響く。そして、俺の身体を何かが貫いた。
俺は死んでしまうのか。そんなのは嫌だ。リネを救けなければ。俺が、俺が――
時よ、戻ってくれ――
『とりあえず、最善を尽くして』
声は俺を考えさせる。