燃えるゴブリン
ゴブリンは緑色で、造形の悪い見ているだけで吐き気のする顔をしていた。よく見ると、こんな場所であるというのに、腰を振って繁殖行動をしている。
いつもならこういうことを目にしたら顔を真っ赤にするはずのリネが、顔を真っ青にして、涙目でゴブリンを見ている。緑色の化け物の交尾なんて、見ていても気持ち悪くしか感じられないのだろう。
――嫌な予感がした。
「リネ!」
小声で呼んで、こちらへ来させる。
「ど、どうしたの?」
「嫌な予感がする。警戒するんだ」
俺の言葉にリネはうなずいて、杖を構える。
二人背中を合わせて、前後を警戒する。ただの予感であってほしい。だけど、それにしてはこの予感は、確信めいている。
ドクン、ドクン、ドクン。心拍数が上がっている。落ち着け、落ち着くんだ。
ゴブリンの群れが奥へと向かって行くのを見た瞬間、俺の視界の上端で緑色が動いた。
「上だっ!」
言葉とともに、ゴブリンが上から落下してくる。俺はダガーを突き上げ、刺し殺そうとする。避けられた。
リネが魔法の詠唱をしている。リネへと向かっていた攻撃を防ぎ、時間を稼ぐ。ナイフを取り出し、牽制に放つ。
完成した魔法が放たれ、ゴブリンに直撃した。
「やった、当たった!」
火炎魔法をその身に受け、紅く燃え苦しんでいるゴブリンを見て安堵する。ゴブリンの体力であれば、火炎魔法一発で倒すことができる。ついにゴブリンはメラメラと燃えたまま、動かなくなった。
「一旦戻って、体勢を整えよう」
そう言って燃え盛るゴブリンを背に歩きだそうとした瞬間――
「嘘、えっ――――いやあああ!」
「リネッ!」
振り返ると、そこにはゴブリンに抱きつかれて燃えるリネがいて――どうして。どうしてゴブリンは死んでいなかった。
ゴブリンは笑い声を上げながらこっちを見てくる。魔法が当たったはずなのにダメージがないように動いている。攻撃が効いていないかのように。炎はゴブリンのものであるかのように揺らめいていた。
これではまるで魔法が吸収されているみたいでは……いや、本当に吸収しているのか。このゴブリンは変異種、それも魔法が一切効かないアブゾーブゴブリンなのだろう。
「リネをっ……返せ!」
全身に魔力を循環させる。怒りのままに、魔力を纏わせたダガーを手にゴブリンへと肉薄し、首を切りつける。
アブゾーブゴブリンは魔法にしか耐性を持たない。魔力強化であれば、簡単に倒すことができる。
「うっ……りゃああ!」
首へと食い込んだダガーは、十秒とかからず振り抜かれた。吹き飛んだ首を他所に、ゴブリンは死に際の一撃として俺へと腕を振ってきた。
手の先の爪が視界に映る。麻痺毒が塗ってある。なぜだかはわからないが、そう確信した。
とっさに身体を動かし、避け、手を切り落とす。
「ワ……イ……」
「リネ、リネ!」
未だにリネに抱きついているゴブリンを引き剥がす。熱い、だなんてことは気にしない。もう片方の手の爪には十分に気をつけて剥がす。
「いつっ」
何かが足に当たり、食い込んだ。しかしそんなことを気にしている場合ではない。リネの心拍を確かめる。
――動いていなかった。死んでしまった。死んでしまったら、もうどうすることもできない。蘇生魔法なんて都合のいいものは、この世界には存在しないんだ。
絶望に打ちひしがれる俺を嘲笑うかのように、下卑た顔をしたゴブリンの群れがやってきた。
逃げよう。そう思っても足は動かない。それどころか、身体も動かない。身体の感覚がどんどん麻痺していく。
さっき足に当たったものにも麻痺毒が塗られていたとでも言うのか。手だけじゃない、足の爪にも――
ゴブリンは一斉にこちらへと向かってくる。
うち一体から振り下ろされた腕が、胸を貫いた。
死にたくない。リネが死んだなんて認めない。こんなところで、終わってたまるか。
時よ、戻ってくれ――
声は、聞こえない。
リネの心拍を確かめる。
――動いていなかった。死んでしまった。死んでしまったら、もうどうすることもできない。蘇生魔法なんて都合のいいものは、この世界には存在しないんだ。
絶望に打ちひしがれる俺を嘲笑うかのように、下卑た顔をしたゴブリンの群れがやってきた。
逃げよう。そう思っても足は動かない。それどころか、身体も動かない。身体の感覚がどんどん麻痺していく。
さっき足に当たったものにも麻痺毒が塗られていたとでも言うのか。手だけじゃない、足の爪にも――
ゴブリンは一斉にこちらへと向かってくる。
うち一体から振り下ろされた腕が、胸を貫いた。
死にたくない。リネが死んだなんて認めない。こんなところで、終わってたまるか。
時よ、戻ってくれ――
『さっきは仕方ないよ。戻る時間だって、決められているわけではないんだから。でも、次は大丈夫。頑張って』
声は、俺を決意させる。