上級冒険者へと至る道
何もない、白という色すら感じられない、『無』という言葉が相応しい空間。
死んだ。そう実感したのはこの空間に来た直後だった。
死因なんてどうだっていい。ただ、俺は誰か、友達を助けようとしていたのだけはわかる。
今、俺はどこにいるんだ。死んだはずではなかったのか。この空間はなんなんだ。
『やあ。君を転生させてあげよう』
転生、とはなんだ。というか、お前は誰だ。
『僕は君たちの言うところの神ってやつかな。まあそんなことはいいんだよ。君は、まだ生きたいかい?』
そんなの、生きたいに決まっている。死にたくない。
『じゃあ生きさせてあげよう、といっても君はもう死んでいるんだけどね。君には別の存在として新しい生活を送ってもらうよ。それが転生だ』
でも、どこに。俺はもう死んでいるというのに。
『別世界、かな。ただ、そこは君の住んでいた世界と違ってファンタジーなんだ。だから君に何か、特典をあげようか』
ファンタジー、ねえ……それに、特典か。それは、どんなものでもいいのか。
『僕だって万能じゃないからね、だけど可能な限りならなんだっていいよ。ただし、一つだけね』
だったら、俺は、時を戻せるようになりたい。
『えっ、そんな微妙な特典がいいのかい? もっと使えるものでもいいんだよ。敵に見つからなくなる、とか』
それでも俺は時を戻せるようになりたい。もう、死ぬのは、そして友達が、家族が死ぬのを目の前で見るのは懲り懲りなんだ。
『それなら、まあ、いいけど。言っとくけど、本当に時を戻すだけだからね』
ああ、大丈夫だ。ありがとう。
『それじゃあ、頑張って、』
言葉とともに、視界が暗転した。
『頑張って、意識を保持してね。繰り返しを止めるために。僕も少しは手伝ってあげるから』
「おはよう、リネ。いつもより早いね。今日も冒険頑張ろう」
俺が声をかけると、リネは目をこすりながらも、元気よく返事をした。
「そうだね! 今日は、初めて上級クエストを受けるんだものね! 私、がんばる!」
「元気があるのはいいことだけど、ちゃんと落ち着いてクエスト受けようね。これを達成できなければ、僕たちは上級冒険者に昇格できないんだから」
まったく、少しは緊張してくれた方がまだマシだというのに。
俺がこの世に二度目の生を受けてから、はや十四年。神からもらった特典は使ったことがない――いや、使えたことがない。
何度か使ってみようとしたことがある。いくら念じようが願おうが、使えなかった。
その時は不良品でもつかまされたかと思った。でも、よくよく考えてみれば、それは説明書もなしに目に見えない道具を使おうとしているようなものだ。
どこにあるのかわからない、どう使うかもわからない道具をどうやって使えと言うんだ。
だけど、それ抜きで俺は生き抜いてきた。実際のところ、こうやって一度死んだ俺が生きているだけでもすごいことなんだ。特典なんて望みが過ぎたのかもしれない。
俺に両親はいなかった。でも、その方が楽だった。前世での、死んだ親の顔がちらついて、きっと辛くなっただろうから。前世での記憶がおぼろげになって、もうほとんど覚えていないといっても、親は、親なんだ。
俺は、俺と同じく両親のいない、パートナーのリネとともに、小さな頃から冒険者として活動をしている。
リネはいつもは頼りないけれど、ここぞという時に力を発揮する。それに俺が何度救われたことか。……いつもが微妙だから、プラマイゼロだけれども。
そして今日、俺たちは初めての上級クエストを受ける。このクエストを達成すれば、上級冒険者だ。
「そうやっていつも私が元気だって決めつけてー……私だって昨日の夜は緊張で眠りにくかったんだからね!」
リネは頰を膨らませてこっちを睨んでくる。だけどなあ――
「そうはいっても寝たことには寝たんでしょ?」
「ま、まあ……そ、そうだけど」
「僕なんかリネが大丈夫か、気が気でなくて、一睡もできなかったよ。これが子供を遠出させる親の気持ちなのか、なんて思ったね」
「私はそんな子供じゃないって! というか、ワイスのほうが子供なんじゃないのー? 一睡もできなかったなんてー。大人ならもっとどっしり構えてるでしょ、普通」
「大人がみんなどっしりしてると思わないほうがいいんじゃないかな?」
とにかく、心配なものは心配だった。でも、大丈夫そうだ。肩の荷が下りるような思いだ。
「まあ、それじゃあ、いこうか」
「うん!」
上級クエスト、ゴブリン討伐。ゴブリンは、個々の力は下級冒険者数人で倒せる。しかし異常な繁殖力から、群れで行動するため、多対一の戦闘になりがちで、上級クエストという扱いになる。
今回のクエストは、最近動きが沈静化しているゴブリンの様子を見て、数を増やしているようだったら討伐せよというもの。難易度としては、そこまで高くないものだ。
道中、リネはのんきに鼻歌を歌っていた。
「なあリネ、さっき緊張してるって言ってたよね? その言葉は嘘だったのか? もっと警戒心を持とうよ」
「そ、そんなことないって。でもごめんね。確かに今のは不注意だったかも」
「敵の拠点のそばじゃなかったから良かったよ」
一応、敵の姿が見当たらないか、前後左右を見渡す。視界に映るのは、代わり映えのしない、昼だというのに暗闇に染まった木々のみ。
大丈夫だ。いなかった。ほっと息を吐き出して、胸を撫で下ろす。
「――あれ?」
隣から唐突に声が上がった。何かあったのだろうか。
「どうしたの? なんかいた?」
「さっきそこに……うーん、なんでもない。…………気のせいかな?」
何もないと言うなら、これ以上聞いても仕方ない。見つからないように、慎重に、それでいて速く進もう。俺たちは足をさっきまでよりも速く踏み出した。
「こうやっていつまでも、冒険していたいなあ」
「そうだね。私も、ずっと一緒にいられたらいいなと思う」
「これからも、一緒にね」
約束を、した。