~人生リセットボタン押してみた~
アクイの不思議な冒険
~序章~
私の名は亜久井 礼太郎
新人作家である。
私にはひとつ、悩みがある。
それは…齢85にして女装癖が治らないことだ。
「ふっ…私の体は衰えど、心はうら若き乙女」
しかし、正直のところ辛い…。
だって85歳だよ?世間で言うおじいちゃんだよ。入れ歯をすすめられたけど歯医者が怖い上に先端恐怖症だから、尖った器具とか苦手なのよ。
しかも私、心は女の子なのよ。今もヒラヒラのゴスロリ服を着ているわ…。
鏡台の前に立つ俺、いや私は、痩せこけた頬に淡いピンク色のチークを塗る。少し血色がよくなるおまじないなのだ。
化粧は魔法に似ている。
故に魔法と呼んでいる。
「ふぅ…今年も一年生きられた…」
来年はどうだろうか。まだ自分は生きているだろうか。気づけば礼太郎の目には涙が浮かんでいた。鏡の中に化け物がいる、まさに自分自身の姿…突きつけられる現実に失望する。
醜い。
老いとはこんなにも醜いものなのか。
礼太郎は世の中のすべてに対して憎悪を抱いた。
「欲しい…若さが、欲しい」
一粒の涙が零れ落ちる。
礼太郎の痩せこけた細い指の上にぽたり、ぽたりと。
それが二千十八年の年明けの出来事だった。
「礼太郎」
鏡の中の自分が喋りかけてくる。
「人生をリセットしたいか?」
もちろんだ。礼太郎は頷く。
「ならばここにリセットボタンがある。押すかどうかは自分で決めろ。」
ああ、これは夢なのだ。
私はもう一人の亜久井礼太郎からボタンを譲り受けた。
躊躇なく押した。
元旦から糞みたいな初夢だ、と礼太郎は思った。若返ることなんて誰にもできない。馬鹿馬鹿しい。ヨレヨレになった布団の上で、化粧も落とさずそのまま就寝につく…。
翌日。
そこは何も無い草原だった。
「は?」私は目を疑った。
ヒラヒラのドレス、長い金髪の髪はサラサラと風に靡かれ、全身はみずみずしい果実…
身体からは林檎の甘い香りが放たれている。
「婆さん?婆さんはどこや?」
礼太郎は周りを見渡すが辺り一面が緑色に囲まれていて、そこが草原であることと、自分自身に異変が起きているという事実だけがここにある。
ふと足元を見やると手鏡が落ちている。
礼太郎はそれを拾い、おそるおそる覗き込む。
そこには美少女が映っていた。
「………………え?」
もしかして昨日の夢は…
あのボタンは本物だったのか?
頭の整理が追いつかず、私はしばらく鏡を見つめていた。




