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出来損ないの博物館

作者: 紫杏

 麗々とそびえるアトラクタ山脈の根元には大森林が広がっている。熟れた果実を酒に浸したような匂いがゆっくりとこの森を徘徊していた。

 

 人の気配はなく、魔物の視線が張り巡らされている。それに触れた動物の断末魔が時折こだまし、捕食者の晩餐にデザートを添えていた。

 

 この森に魅せられた者は引き寄せられるように深部へと入っていく。いつの間にか濃霧に囲まれて、出口は閉ざされる。

 

 妖しげな月明かりに誘われてもこの森に踏み込んではならない。一度誘いに応じてしまえば、二度と解放されることはないのだから。

 

 千鳥足の骸人形は最終的にある場所に辿り着く。それは森の奥深くにひっそりと佇む魔女でもいそうな館だった。誰かが後から立てたような荒削りの石碑にはこう書かれている、“ミネルヴァ博物館”と。

 

 館に辿り着いた人を想像して、読者はこう思うかもしれない。これで一先ずは魔物に喰われることはないと。その通りである。魔物はこの館に近づいて来ないし、もっと言えば、魔物はこの館に近づく者を襲おうとしない。そう、安全なのだ、この館が魔物よりも恐ろしくなければ。

 

 人食いの悪魔が住んでいる、魔女に人体実験をされる、霊的な存在に呪われてしまうーーそのようなことはない、ここはあらゆるものを集めようとする博物館なのだから。

 

 ここには様々なものが集められてきた。虹色に輝く宝石、歴史的絵画、魔族・魔獣・人間の剥製、魔具・魔剣の数々、様々な知識が書かれた書物などである。

 

 この森に漂う魅惑の香りはこの館から発生していた一種の魔術だった。実はこの香りは大森林を抜け、人の住む町、その次の……また次の……といった風に驚くほど広範囲まで届いて、巧妙に獲物を嵌めていた。距離が遠くなるほど効力は薄くなるが、その分警戒されない。少しずつ惑わせて、洗脳して行くのだ。そしてこの館まで獲物を誘導する。それが古今東西様々なものが保管されている由縁である。しかし、完全ではなかった。

 

 この博物館は完璧を目指していた。不完全を嫌っているのだ。それを解消しようと常に何かを集め続けている。

 

 キィィィと下の方で扉が開く音がした。恐らく、集めようとしていた勇者の亡骸が運び込まれたのだろう。魔力を纏った館の中のものは自動的に動くことができる。様子を見に行くために下に降りると、もうすでに中に運ばれていた。

 

 どの部屋に行ったのか探す。しばらくして目星のついた部屋を見つけたので中に入ると、そこはまだ来たことがない部屋だった。

 

 中々良い部屋だ、あまり収集物が置かれていないから生活するのに丁度良い。真ん中に置かれた複雑な模様の机を見て、気に入った私はそばにあった椅子に腰掛けた。丁寧に保管されている怯えた表情の勇者の亡骸を見て、いつも通りだなと少し退屈な気持ちになった。この後も次に欲しいものが標的にされるだけ。収集が終わることはないのだ。

 

 この博物館は自分が出来損ないだと思っている。だから、それを補おうとするのだ。でも、補っても補ってもまた別の欲しいものが見つかるだけで永遠に解消することはない。

 

 しかし、本当にこの博物館は不完全・出来損ないなのだろうか。寧ろ、永遠に満たされないことを疑わずにずっと続けている姿勢こそ、何か完成したようなものに見えた。

 

  

            






            魔暦586年 4月14日

             『ミネルヴァの手記』 

              


 

 

 

 独特な机のある部屋で古びた手記がパンッと音を立てて閉じる。舞った埃が床に落ちるのと同時に館の扉がキィィィと返事をして開く。


 勇者の亡骸は何かを抱えながら、部屋の隅で安らかに眠っていた。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

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