表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

現想日記帳

現想日記 ~獣人狼~

作者: 紅真

「人間がこの山に入るな。出て行け」

「暴れるな。落ち着いて。僕は君を助けに来たんだ」


 体長二㍍はある身体に、大きな五本の鉤爪を持つ両腕。異常に発達した太股からアキレス腱が目につく。全身は黒と白の毛で覆われていた。

 全体を見ただけでは、それは熊のようである。だが、特徴的なスマートな顔に、鋭い牙、鋭角三角な耳を持つそれは、正しく狼なのであった。

 しかもただの狼ではない、人狼だった。


 そんな人狼は、大きく腕を振り上げ少年を引き裂こうとしていた。少年は大木と大木の間を上手にすり抜け、人狼の鉤爪をギリギリでかわす。

 代わりに鉤爪が当たった大木には、大きく削り取られた跡が残った。もし少年にに当たれば、少年はひとたまりもないだろう。


 少年は素早く山林の中を走るが、人狼はその巨体では信じられない速さで山林を駆ける。そしてすぐさま少年の後ろを捉え、大きく鋭利した牙で噛み千切ろうとした。しかしその瞬間、少年は姿を消した。


「何? どこに消えた」


 辺りを見渡すが、少年を確認することはできない。人狼は次にその鋭い嗅覚で周囲を確認した。そして、瞬時に後ろを振り向いた。少年は人狼の後ろ十㍍ぐらいにいたのだ。


「異能者か」

「僕は狭間人、君の願いに呼ばれてきた」


 狭間人とは現世と常世の間、狭間に入ることのできる人間。人あらざる者またはその力を感知できる。少年は人狼に噛みつかれる前に、狭間に逃げ、人狼の後ろで狭間から出てきたのだ。


「勝手にテリトリーに入ってしまったことは謝る。だから攻撃をやめてくれ」


 人狼は奮い立てていた爪や毛を静ませた。そして少年を、山道の途中にある小屋に招いた。小屋は外見はボロボロだが、内装はしっかり使えるように整備されていた。どうやら、人狼はこの小屋を拠点としているようだ。

 小さく脆いランプに火をつけ、その場で腰をおろした。少年もその前で座った。


「狭間人が願いを叶えてくれるというのは、本当のことだったのか」

「ああ、本当だ。現にこうして君の前にいる」


 狭間人はその力を得ると同時に呪いを受ける。それは現世と常世のバランスを保つために、人あらざる者に力を貸さなければならない呪いを。


「君たちは不安定だ、そのまま放って置けば君の行動が現世に悪い影響をあたえる」

「そうか……そうなのか」

「そうだ。だから願いを叶えて行動を抑制する。それで、願いは?」


 人狼は一回間をとり、呼吸を整えた。どうやらいまだに、この状況を飲み込めていないようだ。そして、少し悩んでから願いを言った。


「俺の願いは……俺を元の姿に戻してほしいことだ」

「元の姿とは人か? 狼か?」

「狼だ」

「……わかった。君がそう言うならその願いを叶えよう」


 少年は人狼の前に掌を向け、円を描いた。すると、その円の中心から空間が波を打ち始めた。

 眼には見えない波動をそこから放っている。その波動を中心に集め、そのまま人狼にぶつけた。

 人狼の毛が一斉に立った。が、それ以外は別に変化はなかった。


「何も変わっていないが」

「ごめん……君が人狼になったときの話を聞かせてくれないか?」

「なぜだ?」

「たまにこういうことがあるんだ。その原因がそこにあるかもしない」


 人狼は嫌な顔を見せたが、少年がまじまじと目を見てくるので仕方なく話した。



「あの時は、俺を合わせて8匹の仲間が一緒にいた。その中には俺の妻と子もいた。雪が積もっていたから、飲み水を探しに山を降りていると、人間に出会った。


 俺達は立ち去ろうとした。だが、奴らは俺らに向かって攻撃してきやがった。爆裂音の鳴る度に仲間が倒れていく。俺は家族を守るために闘いに行った。


 だけど、間に合わない。火薬の匂いと仲間の声がこだまする。そのとき俺は思ったんだ。いまより速くさらに速く、奴等の喉元を噛み千切らないと、全滅するって。無我夢中だった。


 そして、気づいたらこの姿で、人間をぐちゃぐちゃにしていた」


「……なるほどな……」


「俺はバカだよ。強さを求めた結果、まさか奴等と同じ姿になるとは……。この姿では、残った仲間は俺を恐れた。家族を失わないために力を望んだが、それが家族を失うこととなるとは思わなかった」


 人狼はそのあと大きな息を吐いた。その吐息は、寒い外気にさらされて白く凍る。小さなランプ明かりに照らされて、大きな背中姿が小屋の壁に映されていた。


「理由がわかった。その姿になったのは、君が特別だったからではなかった。それは、僕と同じ狭間人の力に寄るものだ。残念だが、狭間人の力は、同じ狭間人の力で相殺することはできない」

「いや、待てよ。あのときはお前みたいに狭間人は現れなかったぞ」

「別に、現れなくても願いは叶えてやれる。その願いが強いものなら。僕が現れたのは、今の君の願いがバラバラだからだ」

「なら、俺はずっとこの姿のままということか」

「そういうことになる。でも、君が家族や仲間の元に帰りたいというなら、他の方法がある」

「他の方法というのは?」

「それは…………」


 少年は何か言いかけて、そのまま口を開けたまま少し言うのを躊躇った。ゴウゴウと、風が立て付けの悪い窓を叩く。風がおさまり静かになってから、少年は続き話した。


「他の狼達も全て、君と同じ人狼にする。この世界に最初から狼はいなかったことにすればいい。そうすれば、君が人狼ということは当たり前のことになる。恐れられることはもうない」

「少年それは」

「けど、おすすめはしないよ。これはあくまで、考えの中の一つにすぎない。僕はただ君の願いを叶えるだけさ。だから、もう一回聞くよ。君の願いは?」

「俺の願いは……」


 人狼は願いを言う前に急に立ち上がった。拳を握りしめ、毛を逆立て、牙を露にしている。そして、山の下方を睨み付けた。

 この様は、さっき少年に見せていた姿そのものだった。少年もその異変に気付き直ぐに立ち上がった。


「人間が、また俺達を狩りに……ふざけやがって」

「行くのかい?」


 人狼は少年の問いには答えず、そのままドアを突き破って行った。少年は追いかけずに、その姿を見送った。


 人狼は荒々しく息を吐きながら、風ように駆けていく。小さな小枝などはお構い無しに、折り倒す。一つの狙いに向かって、一直線に進んでいった。



「この辺には、長年、狼男が出没していると麓の住民から連絡が入っている。私達の今回の目的はその化け物の討伐だ」


 山に入ったすぐの所で狩猟銃を持った十数人が一つに集まっていた。その中の隊長らしき人が部下たちに命令していた。


「その化け物のせいで。私達は山に入ることができなくなっている。それは、大変良くない状況だ。今回は大きな町に救援を求め、銃を用意した。これで化け物の息の根を……」


 隊長は言葉を途中でやめた。いや、やめたのではなかった。隊長の胸には大きな爪が貫通していた。隊長は声を上げず口から血を出し絶命した。


「「で、出たぞ! 化け物だだぁぁああ!」」


 一人の隊員が叫び、人狼に向けて発砲した。その玉はしっかり命中するが、人狼は隊長を投げ捨てそのまま数人を切り刻み、そして叫んだ隊員の喉元に噛みついた。


「ぐぁぁ! 首がぁぁあああ」


 隊員の叫ぶ声の後、鈍く低い音が周りに響いた。叫んでいた隊員は人形のように、人狼に咥えられていた。


「ひいぃぃ、首の骨が折れちまってる」

「クソウ! この化け物が」


 次々に発砲音が山の中をこだまする。その玉は確実に人狼に当たっているが、全く倒れる気配はしなかった。人狼は闇夜に隠れ姿をくらました。狩られるという恐怖が隊員達を襲う。


「なんだ? 隠れているのか、この雑魚野郎」

「お前達化け物は、全員皆殺しだ」


人間は人狼を煽った。これは作戦だったが、逆効果だった

人狼はさらに、激しく、荒々しく、人間を無惨な姿へと変えていく。血しぶきが、勢いよく宙を舞う。


「なっなんだよ、こいつは。不死身なのか!」

「だめだ。逃げろ殺される」


 一人が逃げ出すと、一人、また一人と隊員達はその場から逃げ出す。

 だが、人間ごときが人狼から逃れることはできない。今度は森の至る所で、悲鳴や助けを請う声が響いた。そして、ものの数十分で彼らは全滅した。


 人狼は最後の一人を殺した場所で、倒れこんでいた。その白い毛は真っ赤に染まり、その爪は血液を垂らしていた。

 少しすると、人狼の前に突然、空間に亀裂が入った。そして次の瞬間、何もない所から少年が現れた。


「全員、殺したようだね」

「……ああ。……そうだな……。なんだ? 人間の…仇をとりにきたか?」

「仇なんてしない。僕も人間は嫌いさ」

「お前も……人間だろ」

「違うよ。人間であって人間じゃない。僕は狭間人。だから君の願いを聞きに来た」

「ああ…俺の……願いか」


 人狼は死にそうだった。人狼のその真っ赤な毛は、返り血のせいではなかった。ほとんどが、彼の血だった。


「どうする? 君の身体を治すかい?」

「いいや、家族を…仲間を守ってくれ。俺は死んでもいい。けれど……俺が死んだ後も、この山に住む皆を……守ってやってくれ。頼む」


 人狼は最後の力を振り絞り、少年に願った。自分をことではなく家族のことを。その顔はさっきまでの、人間を殺していた恐ろしい顔はしていなかった。それは家族守る父親の顔だった。


「そうか。やっぱりそれが君の本当の願いだったんだね。最初から最後まで変わらない願い。その願い叶えよう。でも、守るのは君だ」


 少年は、空間に円を描くようになぞった。すると、その中心に亀裂が走る。そして、それが直ると同時に人狼は姿を消した。空間に描かれた円は、そのまま広がり山を包み込んだ。


「君の身体を媒体に、この山全体を君の狭間と繋いだ。狭間といっても理想空間みたいなものだ。ここなら君は思念体として、存在できる。それで好きなだけ、家族と仲間を守ってあげるといい」


(すまないな、狭間人。助かる)


「いいよ、それが俺らの仕事だ。あと、狼はとても家族思いだと聞いたことがある。だから君は人狼なんかじゃない、死ぬまでしっかり狼だったよ」


 少年はそう言い残すと、また姿消した。

 そのあとというもの、なぜか人間がこの山に入ると、必ず遭難するようになった。そしてそれは、狼男の呪いと噂され、その山を放狼山と名付け決して人間は近づかなくなったという。

獣人狼:狼男または男狼としてよく知られている。並の狼とは比べ物にならないほどの、身体能力を有するが、その分獰猛である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ