ラハイナの真昼
喫茶室の扉が開いた。
二人の刑事に連行された、
<真犯人>が・・姿を・・現す。
手錠をかけられ、腰縄が、巻かれていた。
一同 驚愕!
「いや━━あ! 神様! ウソでしょう!」
両手で、
顔を覆うサユリ。
涼は、
現実逃避。
対象から顔をそむけた。
血流に乗って、全身に、絶望が運ばれてゆく。
奥さんは失神してしまった。
愕然とした表情のオーナー。
極限まで目を見開いた、
南平が、
声を絞り出した。
「うううう━━っ!
まさか!
こんなことって!
・・汐・・坊・・さん」
里見は、
うずくまった涼に、
空のパイプをひと振りすると、
強い声で命じた!
「涼くん!
設楽 涼くん!
しっかり顔を上げて 犯人を見るのだ!
手錠をかけられた、
あの人物は、
笹森 汐さんではない!」
ひと呼吸おいて。
「彼女の俳優ダブル。
即ち、吹き替え、 」
パイプで、
犯人を指し。
「<男性>なのだ!」
「?!」
涼の震えは、
ウソのように停止した。
おそるおそる顔を上げる。
まぶたを開き、犯人を、見た。
(そっくりだ!)
(汐 坊にとても似ている)
(ヘアスタイル、体形、顔の造り)
しかし・・
よくよく見れば、
汐 坊を汐 坊たらしめている、
ヒトを魅了するオーラにかけていた。
サユリと南平も、
キツネにつままれたような表情のまま、
犯人に見入っている。
「さあ!
きみの氏名と年齢を、
言いたまえ!」
有無を言わせぬ口調もって、里見。
その物言いは、
まぎれもなく警察上がりの人だと、
頭でなく(サユリは)皮膚で感じた。
「近藤 太一・・18歳」
声は、
女性のそれだった。
里見は、うなずいてみせた。
興梠警部が、
右手をさっとはらった。
「もういいデス!」
本ボシは、
刑事二名に連行されて、
喫茶室から退場した。
オーナーからブランデーを飲まされ、
奥さんが正気に返った。
「いったい・・ぜんたい、
どういうことなのでしょう?」
涼の発した疑問は、
ほぼ全員の疑問でもあった。
里見はパイプに火を入れる。
「解析しましょう。
犯人の近藤は、
笹森 汐 主演のサスペンスドラマ、
『お手伝いさんは見た!』第一作目のときに採用された、
吹き替え専門の役者です。
アクション場面のスタントやロングショット、
うしろ姿の撮影などで、
多忙な主演女優のダブルを務めていました。
汐さんのお気に入りで、
非常勤の付き人としても雇われていた。
運動神経と反射神経に優れた近藤の・・本領が発揮されたのは、
なんといっても・・映画『小さな太陽』でしょう。
さきごろ、ふと、立ち寄った映画館で、
くだんの映画を見たときに、
CGではないアクションシーンに感心すると同時に、
「おやっ?」という疑問も生まれました。
ナナメ背後から俯瞰ぎみにキャメラが接近したまま、
ワンショットでビルの4階から飛び降りるシーン。
たいした迫力だ!
しかしながら、
本人が行うには余りにリスクが大きくはなかろうか?
プロ根性のある笹森 汐なら・・ひょっとしたら・・やるかもしれない??
そういった観客の持つイメージを巧みに利用した、監督者は強かです。
この場面を・・見たとき・・」
里見はパイプの煙を直線状に吐いた。
「・・私の脳裏に、
笹森汐の影法師の存在が、蜃気楼のように浮かびあがった。
<ラハイナの真昼!>
天頂の位置に太陽があるとき、
本体と影とが、
ピッタリ重なり合う現象。
影が消え去ってしまうマジック!
それこそが、
『弓削敦子 刺殺事件』の盲点であり核心だった。
陽の当たるスター女優 と 影の役割であるダブル!
シンメトリーイメージ!
斯くして、犯人は特定されました」
納得のいかない表情で、
涼が質した。
「赤の他人の、
この私に、
罪を着せようとした動機は?」
「逆恨みというやつだ!
ホシは雇い人である笹森 汐を憎んでいた。
ロクに芽が出ない自分に比して、
秀でた才能を持ち、
周囲に盛りたてられ、
天翔るようにキャリアを重ねていく彼女を、
どん底に突き落としてやろうと企んでいたのだ。
ときおり見せる・・
スター特有の我の強さも 疳にさわって いたようだ。
面従腹背の近藤は、
気を許した汐さんから、
雇い主自身のウイークポイント。
そして、
心を寄せる「涼にいちゃん」のことや、
ビジネスホテル『設楽』の話をよく聞いていた。
━ しんどかった夜勤明けにはサウナへ直行すること。
━ レジ締めが終わると、葉巻を、喫煙すること。
━ お気に入りのナイフで、喫い口を、切り落とすこと。
━ 二人だけに通じる合い言葉。
━ フィアンセがいること。
━ ホテルの喫茶室にはレトロな自販機が置かれていること。
━ 『設備(防犯キャメラ)等の盲点をそれとなく聞き出した』・・とも自供している。
どこのボタンを押せば、
汐さんが困るか・・
これは誰が考えたって自明だよね。
ちなみに、
フリーの記者に、
写真を添えて情報をリークしたのも近藤だ」
「それと、
弓削さんを刺殺したという事実とは、
どう結びつくのでしょうか?
ジョイントが視えてこないのですが」
「うむ、もっともな疑問だ!
ホシの近藤は、
付き人として、
ホテルのチェクイン手続きを代行し、
秘密裡に、
汐さんが思い出に浸る場所の、
確保も任されていた。
スターが必要とする60分程度のために、
・・それ以外の時間はルーム(703号室)にいる・・
考えようによっては、
楽でもあり、
辛い務めでもある。
ヒマを持て余した犯人は、
雇い人を困らせるネタはないものだろうかと、
7階をウロウロしていた。
そんなおり・・運悪く・・弓削さんと遭遇したのだ。
彼女の鋭い直観力と、
いささかバランスの乱れた脳波を、
近藤の存在が刺激した・・バッドケミカルというやつだ。
弓削さんのヒステリー症状は、
瞬く間に誘発され、
沸騰全開・・彼を問責した。
心にやましいことがある、犯人は、陥穽に落ちた。
彼女の言葉は、
偶然にも、
犯人の歪んだ内面を、
正確に指摘していたのだ。
狂信的な目で睨みつけられ、
『あなたは、善からぬことをたくらんでいるに違いない!』と、
確信に満ちた言葉が発せられた瞬間・・
『非常な恐怖に、おののいた!』と、
別件で逮捕された犯人は述懐している。
そんなことが一度ならず、二度、三度と重なった。
追い詰められた犯人のターゲットは決まった!
殺害の濡れ衣を涼くんに着せ、
汐さんを窮地に陥れる計画も・・同時にね。
あとは準備を整え、機会を待つばかり」
涼は、
なお、納得のゆかぬ表情で。
「人ひとりを殺害するには、どうでしょうねぇ?
動機の面・・(汐 坊 憎し)・・で、
もうひとつ弱い気がするのですが?
衝動殺人ならまだしも。
うかがった限りでは、計画性がある。
まずまずの知性も備わっているようだし、
一般常識が欠落しているとは思えない。
そもそも、雇い人を貶めるということは、
イコール、自分も職を失うということでしょう?」
「近藤は、
二年前に・・
危険なスタントで頭を打つ大ケガをしている。
以来・・
人格障害の症状を見せるようになった」
「・・ ・・ ・・」
挙手したサユリは、
疑問を口にする。
「あの声は、どーゆー事でしょう?
まるで・・女の子のよう・・でした?」
かすれた声で里見が笑った。
「あれは定期的に、
女性ホルモンを投与しているからさ。
まあ、早い話、
(自発的行為ではなく)強制だわな。
・・汐さんに、より似せておくためのね・・
胸のふくらみ、
やや丸みを帯びた身体、そして・・声のオプションだ!
事務所側は、
本人の意志(選択)というだろう。
誓約書を取っているに違いない。
彼にも同情の余地は、ささやかながらある」
椅子に腰を落ち着けた里見は、
旨そうに、
ブランデーを飲むと、
クスクス笑いをして、
周囲の耳目を集めてしまった。
「いゃあ、失敬、失敬!
弓削さんを殺害した直後の ┃ホシと涼くん┃ との、
やり取り を想像すると・・愉快でね。
あるいは、
ホシにとって、
弓削さんを刺殺するよりも、
涼くんとの対面こそが、
一世一代の大バクチだったんじゃなかろうか?
胆力と気合いで打って出て、
辛くも勝利を収めるまでの心理的緊張は・・いかばかりか?
寿命が縮んだろうねえ!」
興梠警部が、重い視線を、涼に向けた。
「シタラさん!
アナタのカン違いに端を発し、
余計なかばいだてをして、黙秘したがために、
刺殺事件は混迷を深めた。
墓穴を掘っていたに等しい!
警察をもっと信頼してくれなければ困りマス。
大いに反省して下さいネ」
「申し訳ありませんでした」
素直に詫びる涼。
「なに言ってんだか!」
ブランデーをあおったサユリが
興梠警部を相手に、戦闘を開始した。
「自分たちのミスを棚に上げてエっラそうに!
あなた方警察が、
先入観で設楽主任を犯人と決めつけ、
筋書きを作り、
その線でしか事件を追わなかったから、
解決できなかったんじゃないですか。
フレキシブルさを欠いていた。
これは、明らかな失態ですよ!
弓削さんの死亡推定時刻もズレていた。
門脇さんは、
相馬医師との通話後ではなく、
通話中に亡くなっていた!
里見さんがいなかったら、
冤罪と迷宮入りの・・二本立て。
反省するのは、
あなたを含めた警察の方でしょう!」
身を乗り出し、
警部につかみかからんばかりのサユリを、
涼と南平が押さえにかかる。
興梠警部はあんぐり口を開けて、
里見を見た。
「有能な助手だろう・・興梠よ?」
警部はウインクしてコロコロと笑った。
「コレは参った!
われわれの捜査が至らなかったことは素直に認めたい。
シタラさん・・アイム・ソーリーです!
くれぐれもコトを荒立てないで下さい!」
警部が頭を下げた。
「話は変わりマスが、
お譲さんは、
たしか大学生でしたね。
よかったら就職口の候補に、
警視庁を入れてくれマセンカ?
アナタみたいな優秀な人材をワレワレは欲しているのデス」
「フンだ!」
サユリは、
口をとがらせ、ソッポを向いた。
「フフフ。
その態度・・べリ━グッド!
柔らかなルックスと芯の強さ。
出会ったころのワイフを想い出しました」
「終了です!
・・お疲れさま!」
エンディングトークを終えた汐は、
ぐったりと椅子に身をあずけた。
別室では、
マネージャーの左近が、
U警察署の刑事二名に、
弓削 敦子 殺害犯人、
近藤 太一についての事情聴取を受けていた。




